視点;ペルシャ文学者が見たイラン訪問「外交には文化が必要」 日刊ゲンダイDIGITAL より 
(last modified Wed, 06 Nov 2019 09:24:23 GMT )
11月 06, 2019 18:24 Asia/Tokyo
  • 岡田恵美子さん
    岡田恵美子さん

トランプ米大統領が昨年5月にイラン核合意から離脱して以降、両国間の緊張が続いている。

今年6月には安倍首相がイランを訪問、最高指導者ハメネイ師とも会談したものの仲介者としての役割は心もとなかった。孤立化するイランとどう向き合うべきか。日本にできることは――。半世紀以上にわたってイランとの交流を続けているペルシャ文学研究の第一人者、岡田恵美子さんは「イランは言葉と文化を大事にする国。外交の土台は文化です」と助言する。

 

 ――イランに関する最近の報道を見て感じることは? 

イランは若い人がとても政治的なんです。男性でも女性でも政治への関心が非常に高い。これは国にとって一番の力になっています。米国はイランを怖がっているのでしょう。若い人が政治的で力がある。もちろん地下資源も持っている。

 

――日本の若者とは違いますね。

 1年ほど前、日本在住のイラン人留学生の前で講演した時のこと。東京・上野の文化会館でしたが、そこにあった世界地図のペルシャ湾の場所に「アラビア海」と書いてあったの。そうしたら学生たちが怒ってね。私が「ペルシャ湾と書いた紙を上から張っておけば」と言うと、「そういう問題じゃない」と。その場で署名を集めて、外務省まで持って行った。イランの若い人は、社会の出来事や政治・国際関係に非常に敏感。積極的に発言します。

 

 ――米国がイランを怖がっているというのは?

 米国はしきりにイランを挑発しているわけです。そうすればイランは困って音を上げるだろうというのが米国の狙い。ところがイランはブレない。イランには天然ガスなどの地下資源がある。石油も持っている。世界第4位の産油国です。中東の真ん中に位置し、砂漠の国とはいえ米や野菜などの農産物も十分取れる。

 

 先日お会いした駐イラン大使は、「世界との交流を断たれると不安になる国民がいるので、少し物価は上がっているけれど、国そのものは、自給自足できるし、資源もあるので当分困らない」と言っていました。米国がイランを怖がるということは、イランが米国と同等の力を持っているということ。だからイランはますます自信を深めている。羨ましくもあり立派です。

 

 ――むしろ米国の方が追い込まれていると。

 だから日本に仲介を頼んだりしたのでしょう。核合意の離脱は米国側から言い出したことで、イランは「米国が先に謝るのが当然だ」と考えている。それでブレないのです。そこが長所でも短所でもあるのだけど。日本だったら、「そうは言っても相手は米国だから」って話になるじゃないですか。いまイランは米国の出方を見ている。米国がイライラしてどうしようもなくなって、引いていくのを待っていると思います。

 

安倍首相もルバイヤートの話から始めたらよかった

 

 ――ブレないのは国民性というか精神面の強さもあるのでしょうか?

 やはり歴史が古い。2500年です。そこに文化の土壌がある。非常に立派な古典文学が豊富で、その中の言葉が教育の基礎になっている。親が子供に古典詩を暗記させるんですよ。「知は力なり」など、古典詩には必ず教訓が入っています。そういう教育を家庭で行う。日本じゃ古事記や万葉集を家庭で子供に暗記させるなんてないでしょう。せいぜい百人一首くらいで。 

 

――古典詩の言葉がイラン人の精神的支柱になっているんですね。

 イランは文化の国なんです。安倍さんもイラン訪問の際の首脳会談で、有名な文学者の話でも出せればよかった。例えば四行詩で有名なルバイヤートとかね。向こうの人は政治家でも、まず文学や詩の話などから会話を始める。いきなり会って、「米国と喧嘩するのはやめなさい」とか「石油ください」では、表面的には応対してくれても、本気で相手にはされませんよ。以前、2000年の訪日時にお会いしたハタミ大統領は「山路来て 何やらゆかし すみれ草」という松尾芭蕉の俳句を暗記して来られました。

 

――俳句ですか。すごいですね。

 大使がうちに来られる時も、必ず文化の話をされます。先日も「令和という元号は万葉集から取ったんですね」という会話から始まりました。なるほど、こうやって外交を進めてきたんだな、と感心しました。イランは東西文化の十字路にありますからね。安倍さんが一言、「ルバイヤートは日本でも読まれています」くらい言えば、もう話はパッと違ってくる。相手の国が最も誇りにしている文化のことに触れて会話を始めたら、まるで違うと思うのね。その点で日本の政治家は貧しいと思います。 

 

――日本とイランは文化的なつながりが深いのですけどね。

 正倉院の時代からですよ。琵琶など正倉院の宝物は7割が古代ペルシャから送られたものだったというじゃないですか。イランというと日本人は「革命」と思ってしまいますが、国名をイランに改めたのは最近のことで、ペルシャと同じ国です。そう考えれば文化の国だということが分かっていただけるでしょう。日本とイランの関係は「石油」だけじゃないんです。もっとも日本人は、自分の国の文化に対する関心も低いですからね。

 

 ――文化に対する関心のなさが、日本外交にも影響している。

 そういうことです。「かつてペルシャと日本は文化によって結ばれていた」と安倍さんが言ったら、それはイラン人は喜び、日本を信頼しますよ。外交の土台は文化。文化を除いて外交をやろうと思っても無理です。石油の取引の話ばかりでは、外交ではなく商売になってしまう。文化でつながっていかない限り、深い外交はできないと思います。 その点、欧州は強い。英仏はペルシャの古典研究を200年前からやっていて超一流です。日本は経済はしっかりしているけれど、文化への理解は非常に浅い。でもね、文化の土台がないと国って滅びますよ。必ず外交でも失敗する。文化は誇り。精神を作り上げているものです。だから文化への理解を、まずは政治家から始めてもらいたい。

 

 ――確かに、安倍首相の行動は、ただ石油が欲しいだけに見えかねない。仲介役もトランプ大統領に促されるままですし。

 日本は米国の核の傘に守られているから、仕方ない面もあります。でも、日本とイランは正倉院の時代から文化でつながっている。米国にイランとの関係を断つように言われても、「イランとの交流は政治とは別だ」とハッキリ言って欲しかった。日本ももう少し毅然として欲しいですね。

 

■外交上手は会話上手 

――相手の文化を尊重する外交。

それはイラン以外の国にも共通する。悪化の一途の日韓関係でも同様に思います。 民間レベルで若い人たちが「韓国祭り」のようなイベントを行っています。こういうものは大いに続けて欲しい。だけど政治は……。うまく行きませんね。文化的なつながりの強さがもっとアピールされれば、何か解決策が出てくるかもしれません。結局、日本が外交下手なのよね。

 

 ――どうして下手なのだと思います?

 日本人は、以心伝心で伝わると思ってしまうところがある。そしてスピーチが下手。会話術をもっと磨かないと、自分の心の内にあるものを相手に伝えることができません。 

 

――そこはイラン人に学びたいです。 

ダブダブの服を着ている人に「妊婦さんみたい」と言ってしまうのが日本人。「楽そうな服ね」と言えば相手は傷つかない。来日したイラン人が驚くのは家庭でお父さんと子供の会話が少ないことです。イランではお父さんが一番の会話の先生。子供がお父さんと関わることで、言葉遣いや会話術を学んでいく。小さい頃から訓練されるから、イラン人はおしゃべり上手なのです。(聞き手=小塚かおる/日刊ゲンダイ)

 

▽おかだ・えみこ 1932年東京都生まれ。東京学芸大卒後、中学の国語教師を経て、63年テヘラン大学に留学。イラン国王宛てに留学を希望する手紙を書いたところ、国王から許可を受け、国費留学となった。67年同大文学部博士課程修了。文学博士。82年に東京外国語大学ペルシア語学科助教授。国立大において女性初の助教授だった。同大教授、中央大学総合政策学部教授を経て、現在、日本イラン文化交流協会会長。近著に「言葉の国イランと私: 世界一お喋り上手な人たち」(平凡社)。

 

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