西側の犯罪を再考する | アフガン・バグラム刑務所:米国による人権侵害の象徴
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アフガニスタン首都カーブル郊外にあるバグラム刑務所は2001年のアメリカのアフガン侵攻後、アメリカ軍によるアフガン人拘留用の最も重要な施設の1つと化しました。
(last modified 2026-01-19T09:25:26+00:00 )
1月 19, 2026 18:19 Asia/Tokyo
  • アフガン・バグラム刑務所のアメリカ人刑務官
    アフガン・バグラム刑務所のアメリカ人刑務官

アフガニスタン首都カーブル郊外にあるバグラム刑務所は2001年のアメリカのアフガン侵攻後、アメリカ軍によるアフガン人拘留用の最も重要な施設の1つと化しました。

【ParsToday国際】バグラム刑務所はカーブルの北50キロに位置し、120の独房に5000人から6000人の囚人を収容しており、2002年に米国によりバグラム空軍基地の敷地内に設置されました。「アフガニスタンのグアンタナモ湾刑務所」として知られるこの刑務所は、CIA米国中央情報局によって運営されており、ここでは数千人のアフガン人が様々な口実で米軍による尋問と拷問を受けてきています。
バグラム刑務所は、もともと武装勢力への協力が疑われる者を収容する施設として設立されましたが、徐々に透明性、法的監視、そして人道的規範の尊重が深刻に疑問視される環境へと化しました。この刑務所は、人権侵害と非人道的な扱いの象徴として、多くのアフガン国民と国際社会の監視員の記憶に深く刻まれています。
人権団体、独立系ジャーナリスト、そして米国で公開された公式文書などからの多数の報告によれば、バグラム刑務所においては、被収容者が裁判はおろか弁護士との面会も家族への説明もなしに拘留される事例が多かったことが判明しています。こうした状況は、後に深刻な人権侵害と認定される行為の温床となりました。最も大きな批判の一つは、明確な理由もなく長期間の拘留が行われたことです。多くの被抑留者は数ヶ月、あるいは数年もの間、施設に拘留され、彼らの事件を審査するための透明性のある司法手続きは行われませんでした。
この刑務所の現状調査を目的とし、当時のハーメド・カルザイ大統領の命令によりアフガン政府の法務委員会が設置され、2002年1月の報告書の中では、バグラム刑務所の被拘禁者に対する米軍による広範な犯罪行為が明らかにされました。この報告書は、バグラム軍事刑務所の2700人の被拘禁者が裁判の遅延と弁護士との面会拒否について証言したことを強調しています。彼らの多くは、米軍による拘禁の理由さえ知らされず、しばしば拷問、殴打、侮辱を受けていました。
この刑務所内で報告された非人道的な扱いは、心理的圧力から身体的虐待まで多岐にわたるものでした。被収容者の中には、寒い部屋に閉じ込められ、睡眠妨害を目的に明るい光や大きな音にさらされ、何時間も尋問されたと証言する者もいました。これらの方法は、表向きは情報を引き出すことを目的としていましたが、実際には被抑留者に深刻な精神的・身体的危害を与えました。また、被収容者の士気をくじき、無力感を抱かせることを目的とした、屈辱的な扱いの報告もなされています。
主な批判の焦点の一つは、バグラム刑務所での米軍の活動に対する独立した監視体制の欠如でした。メディアの注目を集めたキューバ・グアンタナモ刑務所とは異なり、バグラム刑務所は長年にわたり影に隠れ、多くの拷問・虐待行為が報告されないまま放置されていました。一部の報告では、被収容者が家族と連絡を取る権利や、自身の状態について知らされる権利さえ奪われていたことが裏付けられてます。こうした剥奪行為は被抑留者に深刻な精神的苦痛を引き起こし、彼らを不安と不確実性に陥れることとなりました。
これまでに記録された一連の事例の中には、2002年にアフガン人捕虜2名が死亡した事件など、特に国際的な注目を集めた複数の事例が存在します。これらの事件は後に米国の公式報告書で、尋問官と看守の不正行為が原因であると特定され、一部の米軍関係者の訴追につながりました。しかし、批判派からは、対応が限定的で不十分であり、バグラム刑務所における拘禁と尋問の全体的な構造が抜本的改革なく継続されたことが指摘されています。
この問題のもう一つの重要な側面は、アフガンへの社会的・政治的影響でした。バグラム刑務所における非人道的な扱いにより、外国軍の駐留に対する深い不信感が生まれ、一部の地域では憤りと緊張が増大しました。多くのアフガニン人は、これらの行動を個人的な行動ではなく、外国軍の一般的なアプローチの一部と見なしており、この認識は、アフガン国民と国際部隊の関係に長期的な影響を及ぼしています。 > 雅代: 年月の経過とともに国際的な圧力が高まるにつれ、米国はバグラム刑務所でいくつかの改革を試みましたが、これらの改革でもこの刑務所のイメージを変えることはできませんでした。最終的に、米軍はアフガンから撤退し、この刑務所の管理はアフガン政府に移譲されたものの、長年にわたる人権侵害の記憶は根強く残っています。バグラム刑務所の経験を検証することは、単にこの刑務所での出来事を語るだけでなく、戦争の帰結、適切な監督の欠如、そして人権原則からの乖離を示す例でもあるのです。

 

 

 


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