湿地帯の保護に向けた国際的な措置
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湿地帯の保護に向けた国際的な措置
今回は、湿地帯を保護するために世界規模で行われている措置についてご紹介することにいたしましょう。
過去における自然環境破壊に関する警告
産業革命と進歩発展への願望により、人間社会においては自然環境の問題や天然資源の有限性という現実が忘却されてしまいました。しかし、1960年代末に、アメリカの生物学者レイチェル・カーソンが『沈黙の春』という著作を著し、その中で、当時のアメリカにおける自然環境の実態について述べています。カーソンはこの著作において、農薬に利用されている化学物質の影響や、その過剰な使用による危険性について指摘したにとどまりましたが、このことは自然環境に関心を抱く人々に考えさせるに十分なものでした。
イラン政府が打ち立てた湿地保護に関するラムサール条約について
そのとき以来、世界の人々の多くが自然環境という問題に神経を尖らせ、また一部の人々は破壊された自然の修復に向けた一歩を踏み出そうと努力しています。この時代には、国際舞台の多くにおいて自然環境に関する議論が持ちあがり、自然環境に関するはじめての国際条約が作られました。興味深いのは、この国際条約が湿地帯に関するものであり、当時のイラン政府がその基盤を打ち立てたことです。
湿地の保存に関する条約であるラムサール条約は、最も古い国際条約であり、世界における自然環境保護を強調しています。この条約は、1971年2月2日にイラン北部カスピ海沿岸にある都市ラームサルで開催された国際会議で制定され、この条約が作成された地であるこのイランの都市にちなんで、ラムサール条約と名づけられています。この条約の正式名称は、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」ですが、通常ではラムサール条約として知られています。
この国際会議の後、各国政府に対し重要な湿地帯の保護について提案した文書が作成されました。通常、国際条約は当初は提案としての計画であり、またそのいずれの計画における各国政府の初期段階での参加は任意によるものです。しかし、加盟国の数が一定のラインを超えた場合には、提案としてのこの計画は効力を有するようになり、いわゆる強制力を持つものとなります。ラムサール条約も、これと全く同じプロセスをたどりました。1975年末に、当時のギリシャ政府はラムサール条約に調印し、この条約が発効しました。このため、ラムサール条約は1975年に法的な側面を持つことになり、本部事務局がスイス・ジュネーブ近郊の町グランに置かれました。
ラムサール条約は160の加盟国に対し、国際的に重要な湿地帯の特定と保護、さらにそれらの湿地帯の賢明な活用を義務付けています。2008年の統計によりますと、これまでに全世界でおよそ1億6000万ヘクタールに上る、1700箇所以上の湿地帯がこの条約に登録されているということです。ラムサール条約は、特に水鳥の生息地とするための湿地帯の合理的な保護と活用を強調しています。もっとも、年月の経過とともに、この条約の内容も拡大し、湿地帯の合理的かつ恒常的な保護と活用の、すべての側面を含むようになってきています。ラムサール条約は、湿地帯を生物の多様性の保護や人間社会の福祉にとって特に重要なエコシステムの範疇にあるとみなしています。
ラムサール条約は、序文と12の条文で構成されています。この条約は、各国が湿地帯の保護活動に参加し、協議できる方策を示すものです。例えば、加盟国は、この条約のために国連内に結成された基金を通して、湿地帯の保護を目的に融資を受けたり、或いはほかの加盟国の経験を活用したり、学術的な諮問を行うことが可能です。この条約ではまた、世界の重要な湿地帯のリストも作成されています。この条約の加盟国は、自国の重要な湿地帯を特定し、秩序だった方法で湿地帯の改革プランを実施して、それらの湿地帯の保護と正しい活用を促進する義務があります。さらに、正しい運営管理により、湿地帯にかかわりのある水鳥の数を増やし、湿地帯やそこに生息する水鳥の保護に必要な条件を整えるよう努力しなければなりません。
ラムサール条約への湿原の登録について
世界の重要な湿地帯が登録されているリストは、「国際的に重要な湿地のリスト」と呼ばれています。ある湿地帯がラムサール条約に登録されるには、特定の条件を満たす必要があります。その湿地帯はエコロジーや動物学、植物学、水文学(すいもんがく)の点で特別な状況になければならず、例えば非常に稀なエコシステムを有している、または1つの地域の生物の多様性の存続にとって特に値打ちがある、といったものです。ラムサール条約に登録される上で、湿地帯の面積はそれほど重要ではありません。世界の湿地帯の中には、数千ヘクタールもの面積がありながら、ラムサール条約に登録されていないものがある一方で、およそ1000ヘクタールほどの大きさしかなくとも、この条約に登録されている湿地帯もあります。このことから、ラムサール条約への登録には、地域に対する湿地帯の影響やエコシステムにおけるその重要性が加味されるのです。
すでに登録されている湿地帯の一部が不適切な利用や戦争、自然環境の大惨事、干ばつなどのために危険にさらされている場合には、別のリストである「モントルー・レコード」に掲載されます。この場合、ラムサール条約の事務局は加盟国に対し、危険な状態にある湿地帯のある国に、学術や資金面での支援を行うよう要請し、湿地帯の消滅を食い止めるよう努めます。
世界の湿地帯の実態
ラムサール条約は、これまでに湿地帯の保護に関する目覚しい成果を挙げてきましたが、それでもなお、世界では多くの湿地帯が消滅の危険に瀕しています。ラムサール条約のクリストファー・ブリッグス事務局長は、最近開催されたこの条約の第12回締約国会議において、1年間に世界の湿地帯の1%が失われていることを明らかにし、次のように述べています。
「ほかの自然のエコシステムの破壊と比べて、世界の湿地帯の破壊の割合は懸念すべきものである。ラムサール条約の加盟国が、湿地帯を救い開発のプロセスを転換すべく真剣に努力しなければ、世界の多くの人々がこの問題による弊害を受けることになる」
既に発表されている統計によれば、2012年の初めまでに27カ国にある48箇所の湿地帯が、環境改善すべき湿地のリストであるモントルー・レコードに掲載されているということです。このリストに掲載されている湿地帯の数が多い国は、ギリシャが7箇所、イランが6箇所、チェコが4箇所となっています。一方で、20カ国にある32の湿地帯が、エコロジー面での状況回復を理由に、このリストから除外されています。
ラムサール条約は、湿地帯の保護の分野における新たな扉を開きましたが、現実には保護や維持という理想は崩れやすく、この条約の目的を達成するには、世界のすべての国が国際協力という形で、自然環境に関する条約や取り決め、合意書の全てを厳守するよう努力しなければなりません。全ての条約の効力は、それに加盟する最弱小国の力しかなく、ラムサール条約も決してその例外ではないのです。
世界で消滅の危険に瀕している湿地帯が保護しようとするのなら、ラムサール条約の加盟国はこの条約で定められた義務を真剣に受け止め、より多くの国が速やかにこの条約に加盟する必要があります。そうでなければ、世界で日ごとに湿地帯の多くが消滅することになります。もっとも、こうした中で、世界で最終的に残っている湿地帯の保護管理について、各国や一般の人々の認識を高めるために、民間組織が講じている措置は、非常に効果的かもしれません。湿地帯はまた、自然環境の動脈とも言われており、水と大気の循環や、野鳥に適した確実な安全地帯の設定、洪水の制御、地下水涵養(かんよう)、塩分を含む水の浸透の阻止、水陸の境界線の維持、土壌の侵食の抑制などに効力を発揮できるのです。
このため、世界のいずれの場所で実行される計画も、自然に適合し、それを保護・存続させるためのものであるべきです。そうでなければ、自然環境、そして私たちの住む美しい地球の多くの部分が日ごとに失われ、いつの日か生物の住むことのできない荒地と化してしまう日が到来するかもしれないのです。