• イラン文化の影響

    イラン文化の影響

    9月 08, 2019 07:54

    トルコ系の人々は、部族的なつながりや所属性がない中で、イランのソルターン、つまり君主のように行動し、また一部の人々は、自分がイラン系であることを示すために、イラン人の家系図を偽造しようとしたのです。新たにイスラム教に改宗したセルジューク朝のトルコ系のイスラム教徒は、当初は牧草地が少なかったことから、またイランの北の境で侵入者を防ぐという約束で、イランに入ってきました。しかし、ガズナ朝が弱体化したことで、トルコ系のイスラム教徒が権力を掌握しました。彼らは結果的に、中央アジアのハーラズムやトランスオクシアナを繰り返し攻撃して、この地域を制圧し、最終的にガズナ朝のマスウードを敗北させ、広大なイラン高原の支配権を手にしました。

  • 世界におけるイランの人々の役割(2)

    世界におけるイランの人々の役割(2)

    9月 07, 2019 07:48

    前回は、イランの文化的な影響の地理的な範囲が、イスラム以前の時代には世界のおよそ半分に及んでいたことについてお話しました。また、サーサーン朝が崩壊し、イランの人々がイスラム教を受け入れたことから、この範囲は縮小しなかったのみならず拡大しました。イランの人々は、ウマイヤ朝時代とアッバース朝時代に重要なポストを獲得し、世界の最も遠い場所までその勢力範囲を広げたのです。

  • 世界におけるイランの人々の役割

    世界におけるイランの人々の役割

    9月 02, 2019 10:05

    サーサーン朝がアルサケス朝に代わって台頭しても、広大な土地におよぶイランの支配に重要な変化はなく、イランは過去のように、当時の文明世界の半分を治め、また世界の西半分はローマ帝国によって統治されていました。この時代、中央アジアのオキサス河流域のマーワラーアンナフル地方、即ちトランスオキシアナと呼ばれる地域でも、とりわけサマルカンド、ブハラなどに集住していたイラン系のソグド人が、中国西部のトルキスタンにおいて文化的、商業的活動を導いていました。それらの多くは、イラン文明から直接的な影響を受けていました。この時代、中国のトルキスタンは実際には、イランの外縁部の一部だったのです。

  • イランの紆余曲折の歴史 (2)

    イランの紆余曲折の歴史 (2)

    9月 01, 2019 08:44

    前回は、パールス人たちが初めて、アケメネス朝という史上初の、そして最大のイランの王朝を築き、イラン高原に存在していたあらゆる文明を統一したことについてお話しました。彼らは「王の道」と呼ばれる道を敷設することで、様々な人々が物質的・精神的な交流を行なう機会を初めて整えたのです。王の道は、イラン南西部のシューシュから始まり、チグリス・ユーフラテス川を通過したあと、小アジア・トルコ南西部のエフェソスまで続き、その全長は2680キロメートルにも及びました。この道は軍事、情報、治安維持のためだけでなく、通商や文化交流などにも使われ、初めて様々な文明の人々の関係を世界レベルで築いたのです。

  • イランの紆余曲折の歴史

    イランの紆余曲折の歴史

    8月 27, 2019 08:11

    前回まで2回にわたって文化遺産の定義と、物的、知的遺産の面からのイランの文化遺産の分類、そしてそれらに対する長期間の略奪についてお話してきました。イランの名声について知るためには、何よりもまずそれらの文化的、アイデンティティ的な歴史を知ることが必要となってきます。この点から、イランの紆余曲折の歴史をお話し、アーリア人のイラン高原への集団移住について、概略的にご説明してまいりました。今回もその続きをお話したいと思います。

  • イランの広大な文化圏

    イランの広大な文化圏

    8月 26, 2019 12:27

    前回は、皆様にこの番組の目的をお伝えし、文化遺産とは何かを定義し、それを精神的、物質的なものに分類し、イランの文化遺産とその略奪の歴史についてお話しました。イランの精神的な遺産として名高いものを知るためには、なによりも彼らの文化的、本質的な歴史について知る必要があります。2回目の今回は、イランの広大な文化圏についてお伝えしたいと思います。

  • イランの名声、世界的な栄誉

    イランの名声、世界的な栄誉

    8月 22, 2019 12:26

    それぞれの国は、海域や陸上の国境により分割されており、各国の国民は文化的な境界線によって区分されています。文化遺産は、あらゆる国の人々の歴史的、社会的な印であるとみなされており、それらの保護はその国民の歴史を守ることを意味します。イランは歴史的、文化的、文明的に古い歴史を持っています。多くの専門家によると、最初の人類ははじめイランに住み、村の生活を生み出しました。イランは古い歴史にルーツを持ち、少なくとも5000年前にさかのぼることのできる高い信頼性と純粋さを持つ、数少ない国のひとつです。当時ペルシャと呼ばれたイランの強大な帝国が政治の舞台でまたとない英雄であり、世界の歴史を作る数少ない要素とみなされていた時代から、長い年月が経過しています。このような時代から残る貴重な作品や文書は、人類の文明を知る上で貴重な役割を果たしています。

  • イラン最高指導者が詩人らと会談、ペルシャ語の強化を強調

    イラン最高指導者が詩人らと会談、ペルシャ語の強化を強調

    May 21, 2019 13:35

    イランイスラム革命最高指導者のハーメネイー師が、ペルシャ語の強化を強調し、この言語を衰退させてはならないと語りました。

  • 5月15日は、イランの英雄叙事詩人フェルドウスィーの記念日

    5月15日は、イランの英雄叙事詩人フェルドウスィーの記念日

    May 15, 2019 14:44

    5月15日はイラン暦オルディベヘシュト月25日にあたり、この日はイランの英雄叙事詩人フェルドウスィーの記念日です。

  • イランの神秘主義詩人アッタールの記念日に寄せてーペルシャ文学のヨーロッパ諸国への影響

    イランの神秘主義詩人アッタールの記念日に寄せてーペルシャ文学のヨーロッパ諸国への影響

    4月 14, 2019 00:00

    イランの暦ファルヴァルディーン月25日に当たる今年の4月14日は、12世紀から13世紀の時代を生きたイランの高名な神秘主義詩人アッタール・ネイシャーブーリーの記念日とされています。