西山太吉さん死去 基地問題、知る権利、取材源秘匿で今なお教訓
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24日に亡くなった元毎日新聞記者の西山太吉さんは、沖縄返還をめぐる日米両政府による密約を暴いた一方、その手法は取材源秘匿などの観点から議論も呼びました。
(last modified 2026-03-02T10:12:05+00:00 )
2月 28, 2023 15:25 Asia/Tokyo
  • 元毎日新聞記者の西山太吉さん
    元毎日新聞記者の西山太吉さん

24日に亡くなった元毎日新聞記者の西山太吉さんは、沖縄返還をめぐる日米両政府による密約を暴いた一方、その手法は取材源秘匿などの観点から議論も呼びました。

西山さんは1931年山口県下関市生まれ。慶應義塾大学大学院修了後、毎日新聞社に入社し、政治部記者を務めました。

1971年、西山さんは当時日米両政府の間で行われていた沖縄返還交渉について取材を進めていました。

この交渉で日本政府は、返還に伴う米軍用地の原状回復費用を全額負担するよう米側に求めていましたが、米側は頑なにこれを拒否し、話し合いは難航していました。

こうした中、西山さんは1971年6月、取材を通じて親しくなった外務省の女性事務官から極秘文書を入手します。その中に、同年5月28日付の愛知外相から牛場駐米大使への電報が含まれていました。この電報には、沖縄返還協定の文案について愛知外相とマイヤー駐日米大使の会談内容が記されており、本来であれば米側が支払うべき土地の原状回復費用400万米ドルを日本が極秘に肩代わりするとされていました。

西山さんは、取材源秘匿のため入手した文書をそのまま紙面に掲載することはせず、文書の存在をほのめかす内容の記事を執筆し、6月28日付の紙面に掲載しました。

しかし、西山さんは翌年3月27日、この文書のコピーを当時の日本社会党衆院議員だった横路孝弘氏に提供します。横路氏は同日の衆院予算委員会で、このコピーを手に掲げながら、密約の存在を政府に問いただしました。

密約の存在が国民の注目を集めるようになったのは、この質疑がきっかけでした。しかし、西山さんは文書をコピーする際に取材源を秘匿する処理を施さず、横路氏もそのコピーをそのまま政府に渡したため、文書の流出元はすぐに特定されました。

後の毎日新聞の説明記事では、西山さんが文書のコピーを横路氏に提供したことについて、「一新聞記者として知り得た事実を、国民の前に知らせる義務を負いながら、取材源との関係から、そのまま記事にできないという心理的矛盾を生み、それは国権の最高機関である国会で、解明されるべきだという決意に発展していったものとみられる」と記されています。

4月4日、西山さんと女性事務官は国家公務員法(守秘義務)違反の疑いで逮捕されました。この頃になると、西山さんと女性事務官の関係が一部で噂されるようになり、政府はこれを利用して反転攻勢に出る戦略をとります。

4月15日、東京地検が出した起訴状に、西山さんが女性事務官と「ひそかに情を通じ、これを利用して」と記されました。この「ひそかに情を通じ」という文言はセンセーショナルな反響を呼び、それまで密約を否定する政府に批判的だった国民の関心は、一気に男女のスキャンダルに乗り移っていきました。

これにより、知る権利を掲げて政府批判をしてきたマスコミも一斉に萎縮。特に当事者となった毎日新聞社には批判が殺到し、部数減による経営危機にまで発展しました。

5月15日、沖縄返還協定が発効し、沖縄は再び日本国の領土となりました。この頃には密約をめぐる政府批判はすっかり影をひそめ、時の佐藤政権は沖縄返還を自らの功績として誇ることになります。

西山さんと女性事務官の裁判は、1974年1月31日の一審判決で、西山さんに無罪、女性事務官に懲役6カ月・執行猶予1年の判決が下されました。女性事務官は控訴せず、西山さんのみ検察側の控訴により二審に持ち込まれました。

二審の東京高裁は一審判決を破棄し、西山さんに懲役4カ月・執行猶予1年の有罪判決を言い渡しました。西山さんは上告しましたが、1978年に最高裁はこれを棄却し、結審しました。

その後も政府は事あるごとに密約の存在を否定し続けましたが、2000年5月、琉球大学の我部政明教授と朝日新聞が、米国立公文書館に保管されていた機密指定が解除された文書の中に、沖縄返還にあたって日本側が400万ドルを上回る1億8700万ドルを肩代わりする内容が記されているのを発見しました。

さらに2006年5月には、返還交渉時に外務省アメリカ局長だった吉野文六氏が、北海道新聞の取材に密約の存在を認めました。

政府の態度に進展が見られたのは、2009年に民主党政権が誕生してからでした。同年9月に発足した鳩山内閣で外相に就任した岡田克也氏は、密約について外部の有識者委員会による調査を指示します。

翌年3月、有識者委員会は報告書をまとめ、費用肩代わりに関する密約について、文書化はされていないものの日本側に費用負担の認識があったとして、「広義の密約」にあたるとの見解を示しました。

しかし、その民主党政権下でも、政府が公式に密約の存在を認めることはなく、現在に至っています。

昨年、沖縄は本土復帰50年を迎えました。しかし、日米の軍事一体化は際限なく進み、普天間基地をはじめ沖縄の基地負担は一向に減りません。むしろ、基地に反対する沖縄世論を蔑む言論が政府や国会議員などから公然と発せられるようになっています。

そういった意味では、沖縄に負担を押し付けるにはもはや密約すら必要なく、日米両政府がフリーハンドを握っている現状は50年前よりも劣悪なものと言えます。

西山さんの取材手法や取材源の取り扱いには確かに問題がありました。しかし、暴かれた密約の存在と、日米そして沖縄の関係性は現在進行形の問題として残り続けています。

 


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