視点;サウジ人記者と元ISIS指導者の妻とのインタビュー
恒常的な反イスラム喧伝の口実だった元ISIS指導者の妻
イスラムでは規律と社会的制限、慈悲と慈愛の実現の両立を強調しています。しかし、これに対しテロ組織ISISの行動はイスラムとは何の関係もありません。このタクフィール派組織は、偽のイスラムを作り出すことによって、民心を歪め、真のイスラムに対し世界の人々を悲観的にさせようとしています。
2014年にシリア北部ラッカ市近郊で戦闘機が墜落し、この時にISISの捕虜となったヨルダン軍パイロット、モアズ・アル・カサスベ氏はしばらく後に、世界に暗い現実を知らしめた衝撃的な映画の主役となりました。この映画は、ヨルダン人パイロットが檻に閉じ込められ、生きたまま焼かれる様子を描いたものです。
ISISの元指導者だったアブーバクル・アルバグダーディ氏の妻アスマー・ムハンマド氏は、サウジアラビア人記者とのインタビューで、顔が明らかにならないよう顔面を覆い首うなだれていました。
この中年女性は自らインタビューで、「何年もの間、夫の激しい偏見のせいで、彼女は家の外に一歩も出られず、自分が街のどこに住んでいるのかさえ正確に把握できなかった」と激白しました。彼女が終始うなだれ、顔を隠したのは、20年間にわたりアル・バグダーディ氏の妻であったことに起因すると考えられます。
彼女はまた震え声で、自分自身もヨルダン人パイロットの残忍な処刑にショックを受けたと胸の内を明かしており、「火責めは地獄だけのものだが…」と言葉を濁しました。
アルバグダーディ元指導者やヨルダン人パイロットへの火責めを決めた他の人物は、イスラム戒律上の文言を利用する術を知っています。つまり、そうした連中は「懲らしめる」という言葉を「報復」という言葉に置き換え、あの黒旗の下に集まった人々が善い言葉を発し、イスラム政府の為政者たるカリフの正義を証言できるようにすべく、その判決を実行するための犯罪例を見出だそうとしているのです。
アスマー氏はまた、サウジ人ジャーナリストとのインタビューの別の部分で、さらに不満を示し、言葉を呑んでいます。特に、自分の息子のことを話す際にこうした様子が見られました。彼女の息子は、父親の思想に影響されて自爆テロを実行し、自分を追いかけてきた集団を暗殺するためにアルバグダーディ家の他のメンバー数人とともに自爆・自死しました。
自爆とテロ活動は常にタクフィール派テロ組織の主な特徴でした。そうした組織は大抵、イスラムに酷似した旗を掲げ、疑似イスラム的なレトリックの陰に身を隠しています。「自爆」や「テロ暗殺」という2つの用語は、これ以上説明の必要がないほど私たちの間でよく知られています。それはつまり、「戦場以外の場所でいきなり人を殺す」ということに他なりません。
アルバグダーディ容疑者の妻へのインタビューは、イスラムの歪曲や私的かつ特定の目的による宗教の利用の一例にすぎません。
私たちは、イスラムの預言者ムハンマドの生涯、個人・社会的行動を正確に物語る歴史書がある一方で、預言者を自称しその教えと伝統を主張するアルバグダーディ氏も依然として存在し、一部の人々が彼を取り巻く時代に生きています。
世界各地でイスラム教徒を暴力的であるかのように見せることは、近年覇権主義者らがあの手この手を使ってイスラムの弱体化を狙った陰謀の一つであり、その代表例の1つがイスラムという外観を装ったテロリスト集団ISISの活動です。
イスラムは個人・社会的行動における暴力を認めておらず、イスラム教徒は家庭倫理を守り、隣人への善行や宗教的少数派の権利の尊重、人間の尊厳と人間性の維持、社会関係における暴力の回避が求められています。しかしこれらは、イラクとシリアで反逆者ISISによってあっさり踏みにじられました。
イスラムは規律や社会的制限を強調する一方で、慈悲と慈愛の宗教でもあり、ISISの行動には全く正当性がありません。このタクフィール派組織は偽のイスラムを生み出すことで民心を歪め、真のイスラムに対し世界の人々を失望、悲観させようとしてきました。
真のイスラム教徒は女性や子供の虐殺や、人々の命を奪うような行動に走ることはありません。このため、ISISのメンバーは決してイスラム教徒ではありません。イスラムの聖典コーランには、無辜の民を殺すことはすべての人間を殺すことだと述べられています。
イスラムの預言者ムハンマドは、「より良い性格を持ち、より柔和かつ、親類縁者により親切で、兄弟たちにより多くの愛情を抱き、真実に対してより忍耐強く、怒りに対しより寛容で、より公平に喜怒哀楽を示す人は全て、私に似ている」と述べています。
預言者が述べた価値観がイスラムであるなら、ISISの突然の出現とハリウッド的行動、そしてその諜報活動と装備支援は、この植民地主義排斥をモットーとする宗教の成長増大に対する地球規模の欺瞞であることは間違いないと言えるでしょう。