視点
ガザは正義を求める人々を団結させたのか?
パレスチナ系米国人の作家・ジャーナリストのラムズィー・バルード氏は、いま世界で広がっているパレスチナへの連帯は、宗教や人種、地域、文化によるものではなく、ひとえに正義を求める人々によるものだと語ります。
バルード氏は、「文明の衝突ではなく文明の統合:ガザはいかにしてハンチントンの夢想を揺るがしたか」という記事の中で、ガザ情勢やそれに対する世界の反応を検討することで、サミュエル・ハンチントン氏の唱えた「文明の衝突」論を批判し、人々のアイデンティティや国際関係で起きている根本的な変化について記しました。
変化し続けるアイデンティティと歴史的変化
バルード氏はこの中で、ローマ帝国などを例に挙げ、人々のアイデンティティや政治・歴史の勢力図が常に変化するものであることを指摘し、「戦争や紛争、文化的変化はアイデンティティの定義を変える上で重要な役割を持っていた。このことは、歴史上、国の国境線が政治的動機で何度も引き直されてきたことからもわかる」としました。
文化とグローバル化の影響
バルード氏は冷戦後の米英によるアングロサクソン文化の浸透について、世界中の様々な土着文化が発展する上で混乱をもたらしたと指摘します。その最たる例が、コミュニケーション手段としての英語の流通や西側文化の流入であり、それらが世代間の断絶や社会的価値観の変化をもたらしたといいます。
文明の衝突論への批判
バルード氏はサミュエル・ハンチントン氏が90年代に唱えた「文明の衝突」論を批判します。ハンチントン氏は、冷戦後の世界を予想するにあたり、文明どうしの衝突の時代になると主張しました。バルード氏はこの論を、人種差別的言説で政治的ツールであるとし、冷戦後の湾岸戦争や西側の好戦主義を強化することになったと指摘します。バルード氏によれば、文明の衝突論は政治的必要性に迫られて生み出されたものであり、最終的には世界を人質にとるという西側の目的は達成されませんでした。
新たな世界の出現
バルード氏は、文明ではなく旧来の歴史的モデルによる新たな世界が出現すると予想します。自らの経済的利益の拡大・保護のために権力を志向する勢力に対し、自由や正義、平等を求める勢力が対峙するという構図です。バルード氏は、この動きは文明や宗教、人種、地理を超えたもので、大きな勢力もこの動きのもとに統合しつつあると指摘します。
ガザ戦争と世界の団結
バルード氏は、ガザ戦争が世界が団結する契機になっているとし、国際関係における新たなアイデンティティの形成につながったとします。いま世界で広がっているパレスチナへの連帯は、宗教や人種、地域、文化によるものではなく、ひとえに正義を求める人々によるものです。この運動は世界中に広がり、あらゆる人種、年代、性別、宗教の人が参加しています。
結論
バルード氏は、政治的・経済的分断に対する抵抗の重要性を訴え、ガザ戦争により人々のアイデンティティや様々な文明が超越して、世界的正義のために団結したと述べます。このことは、文明の衝突論に対する大きなアンチテーゼであり、権力対アイデンティティという伝統的な構図への回帰です。バルード氏によれば、現在の世界では、文明の衝突論が予想したものよりもアイデンティティや相互関係が複雑かつ流動的であり、そのことを分析・理解するには新たなアプローチが必要となります。
出典:Baroud, Ramzy. 2024. Civilizational Unity, Not Clash: How Gaza Challenged Samuel Huntington’s Fantasies