視点
9・11テロ発生からアフガン撤退までの米の動向を振り返って
-
9・11テロ
アメリカとその同盟国は、2011年9月11日の米同時多発テロ事件発生を受け、アフガニスタンを攻撃しましたが、それからおよそ20年の経過の後、成果を挙げることなく負け犬のごとき醜態をさらしながらアフガンを撤退しました。
2001年10月7日、当時のブッシュ米大統領はアフガン攻撃を命じました。しかし、世界の報道各社は先月31日、この戦争がアメリカや西アジア市民に甚大な悪影響を及ぼしている中での、米軍の最後の部隊がアフガンを引き上げる様子を報道しています。
2001年9月11日午前8時46分、米ロサンゼルスに向かっていた航空機がニューヨーク市南部マンハッタン地区にある世界貿易センタービル・通称ツインタワーの北側に突っ込みました。そしてそのわずか17分後、すなわち同日午前9時3分には、米ユナイテッド航空175便が同ツインタワーの南側に突っ込んでいます。
そして、このテロで使われた3機目の航空機は米国防総省に体当たりしましたが、4機目は米東部ペンシルベニア州にて撃墜されました。
米政府はこのテロ攻撃の後、「アメリカの航空機が、テロ組織アルカイダ所属のハイジャック犯19名により乗っ取られた。これらの実行犯19人のうち15人はサウジアラビア国籍で、残りの者の内訳は2名がUAEアラブ首長国連邦国籍、エジプト国籍とレバノン国籍がそれぞれ1名ずつとなっている」と発表しています。
しかし、アメリカはアルカイダ弾圧および、当時アフガンを支配していたタリバン政権の妥当を口実に、2001年10月7日に連合軍という形でアフガンを攻撃しました。当時のアフガンのタリバン政権は米とその同盟国による攻撃から70日後に崩壊しています。この戦争には、アメリカ側の主な同盟国として英独仏が参戦し、アメリカを後方支援しました。
アメリカ政府はその後長年にわたり、9・11事件へのサウジの関与に関する見解表明を渋っていましたが、遂に2016年、アメリカ上院がこれに関して、いわゆる「28ページの報告」として有名になった報告書の機密扱いを解除しました。
28ページに及ぶこの報告書が明らかにしているのは、9・11テロのハイジャック犯の一部がサウジ政府とつながりのある人物らから資金援助を受けていたということです。FBI米中央警察内のある筋は、ハイジャック犯らの支援者のうち少なくとも2名が、サウジの国外情報・治安サービスの要員であった、との見解を有しています。
いずれにせよ、それから20年後にバイデン米現大統領はこのテロ事件による犠牲者の遺族らからの圧力に押され、今後半年以内にこの事件関連の書類の一部を機密扱いから外し、市民に提供するよう命令を発した形となりました。
米国防総省の発表によりますと、2001年から2021年までの間にアフガンで2442人の米兵が死亡したほか、2万666人が負傷しています。
アフガンでの米軍死亡者数の最終的な統計は、先月26日に同国首都カーブル国際空港での爆破事件に関係しています。最終統計によりますと、この攻撃では少なくとも13人の米軍関係者が死亡しました。
米下院民主党議員で、同予算充当委員会のメンバーでもあるバーバラ・リー氏はある論説において、「アメリカの納税者は2001年以来、戦費として1時間ごとに3200万ドルを支払ってきた計算になる」と述べています。
過去20年間におけるアメリカによる戦果なしの戦争は、西アジア地域を情勢不安に陥れており、また終焉の兆しやアメリカ当局側からの目的達成に関する発表は何も見られません。
こうした中、米ワシントンD.C.にあるジョージタウン大学客員教授のシーリーン・タフマーセブ・ハンター氏は、アメリカ政府がテロリズムを手段として利用している事実を認めており、「アメリカは、9・11テロ事件後の自らの目的において、アフガン攻撃にもかかわらず失敗した」とコメントしています。
ラジオ日本語のユーチューブなどのソーシャルメディアもご覧ください。
https://twitter.com/parstodayj