米ニュース誌、「米は自国内先住民虐殺に責任あり」
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アメリカの自国内先住民虐殺
アメリカのニュース誌フォーリン・ポリシーが、アメリカでの先住民大量虐殺の事実を認め、同国政府関係者に対しこの犯罪の責任をとるよう求めました。
10月第2月曜日のIndigenous Peoples' Day(先住民の日)にちなみ、フォーリン・ポリシー誌は、今年カナダで先住民族の子どもの墓が相次いで見つかったことに言及し、「カナダ全域にあるこうした学校において、4000人から1万人の子どもが命を落としたと考えられている」と報じました。
しかし、この報道によりますと、先住民族の子供たちに寄宿学校への通学を強制することは、カナダだけに限られませんでした。
米国には、政府認可のもとに行われた同様の長く暗い虐待・拷問の歴史があります。19世紀から20世紀にかけて、米国には350以上の先住民の寄宿学校があり、その多くは州から資金提供を受け、教会により管理運営されていました。
この報道はさらに、「バイデン大統領によりハーランド氏が先住民族出身の初の内務長官として任命されたことで、米国政府がこの植民地主義による悪用の歴史に初めて取り組む道が開けた。去る6月、先住民寄宿学校を率先してきた内務省が、これらの学校による遺産の総括を発表した」と報じています。
同省は声明のなかで、「この種の寄宿学校は、先住民族の子供たちを家族やコミュニティから引き離し、米アラスカ州やハワイ島の先住民を文化的に同化させるべく、彼らのアイデンティティや彼らの母語、信条を忘れさせ、より遠隔地に移動させることでの抑圧を目的としていた。150年以上の間、数十万人の先住民族の子供たちが彼らの生まれ育った社会から引き離された」としました。
この報告によりますと、1978年のアメリカ先住民の児童福祉法成立により、ようやく先住民の保護者らに対し、子どもたちを寄宿学校に行かせない選択が許可されるまで、1869年から1970年の間に数十万人のアメリカ先住民の子供たちが、こうした学校で過ごし、あるいは死亡しました。
フォーリンポリシー誌によれば、このような悲惨な政策は19世紀を通して植民地国家でごく通常のことでしたが、1948年のジェノサイド条約とは全く相容れないものであり、国際法におけるジェノサイドの法的定義と一致しています。
少なくとも1948年から1978年の間に、米国は道義的にだけでなく、自国民に対する大量虐殺の犯罪に対して法的な責任があるといえます。
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