イスラムの預言者ムハンマドの召命日に寄せて
イスラムの預言者が神から遣わされた出来事は、イスラムの歴史の中で最も重要な出来事であり、人類世界における新たな時代の幕開けです。
今回はこの祝祭に際し、特別番組をお送りします。
この出来事を示すアラビア語のべエサトという単語は、一人の人間が至高なる神から、人類を導くために選ばれた、という意味を持っています。ムハンマドが預言者に遣わされたことで、神の啓示がその心に下され、人類の幸福への道が開かれました。イスラムの伝承や歴史的な資料によれば、ユダヤ教やキリスト教などのイスラム以前の宗教では、イスラムの預言者が出現し、彼が預言者としての使命を果たすさまざまなしるしが提起されていました。そのため、啓示宗教の民の多く、引いてはアラブの多神教徒でさえ、それらのしるしをすでに知っていたのです。
コーランによれば、最後の預言者の出現は、キリスト教とユダヤ教の聖典の中で知らされています。コーランでは、預言者イーサーは、彼以前にムーサーに下されたユダヤ教の聖典を認め、また彼の後にムハンマドという名の預言者が現れるという吉報を与えていたとされています。この預言者の名前は、アフマドとも言うとされています。
このように、啓典の民の偉人たちは、預言者ムハンマドを、一部のしるしと共に、最も近しい人物として捉え、彼らの多くは、神の最後の預言者の出現と召命を待っていました。彼らの中には、メディナに住み、その偉大な人物を理解する第一人者になろうとする人もいました。ボヘイラーという名前の司祭は、ムハンマドが預言者となる何年も前に、当時まだ12歳だったムハンマドをシャームという土地への旅の途中で目にし、その中に預言者として遣わされる兆候を悟り、彼は神の最後の預言者だと断言しました。
イスラムの預言者の召命は、人類史において運命を変える大きな出来事です。この出来事の偉大さにより、至高なる神は、ムハンマドの魂をこの重大な任務のために備えさせました。この出来事の数年前に、すでにムハンマドの表情や行動には、精神的に優れた状態の一部が現れていました。彼は若年期に清らかさや誠実さといった美徳を備えていました。シーア派初代イマーム、アリーは、このように語っています。「神は預言者が幼いころから、最も偉大な天使を彼に伴わせた。この天使は、ずっと預言者と共におり、彼を美徳と偉大さへと導いていた」
預言者ムハンマドは、このような精神的な特徴と清らかさにより、当時の人々の好ましくない状況や、特にメッカの町に広がっていた腐敗や無知に心を痛めていました。彼はしばらくの間、思考と礼拝のために人々のもとを離れ、メッカの北東にあるハラーの山の誰もいない場所で過ごしていました。ムハンマドの神との語らいやつながりが続き、こうしてムハンマドは40歳になりました。最高の理性を備えていたムハンマドは、このとき、神から預言者に任命され、コーランの明るく光り輝く節によって、人間の手によって作られた偶像への崇拝から神の僕たちを遠ざけ、幸福の道を示すことになったのです。
預言者の召命は、イスラム暦が始まる13年前のラジャブ月27日に起こりました。ムハンマドは礼拝と思考のために、ハラーの洞窟に数日前からこもっていました。そのとき、神の大天使ジブライールがムハンマドのもとに降り立ちました。ジブライールは、ムハンマドに読めと言い、彼に偉大なる使命を伝えました。こうして啓示の光が人間性の空に輝き、多神教信仰や圧制、無知の足かせから人々を救うこための大きな運動のきっかけとなりました。メッカでムハンマドが神から預言者に召された出来事は、人々が成長の道を歩み、唯一神信仰、公正、知識へと歩むための、預言者たちの使命の継続です。
聖典コーランでは、神の預言者たちが、人類の教師や指導者として現れた目的が注目されています。その一つは、さまざまな民の間の争いや対立を解消することです。コーラン第2章アルバガラ章雌牛、第213節には次のようにあります。
「人々は[当初]集団であったが、[次第にさまざまな階層と社会が現れ、彼らの間に矛盾や対立が生まれた。そのとき、]神は預言者たちを遣わし、人々に吉報と忠告を与えさせ、神へと導く啓典を預言者たちに下した。人々の対立を仲裁させるために」
偉大なる預言者ムハンマドは、メディナに移住した後、まずはイスラム教徒の間で同胞の契約を結ばせ、メディナの2つの大きな民の間の憎しみや敵対の根を根絶し、対立を解消させようとしました。聖典コーランは、第3章アールイムラーン章イムラーン家、第103節で、これについて次のように述べています。
「皆、神を拠り所とし、散り散りになってはならない。神の恩恵を想い起しなさい。あなた方はどのように互いに対立していたか、そのとき彼があなた方の心に和解をもたらし、神の恩恵によって兄弟となった」
思想家たちは、ムハンマドが預言者に召された出来事による統一を、その最も重要な効果としています。一つの民の間に根本的な統一が生まれるためには、確かな合理的基盤が必要です。これについて、預言者ムハンマドは、人々をくしの歯になぞらえ、彼らは互いに同胞であり、イスラム社会の統一の軸は、神を拠り所にすることだとしています。
この他、この出来事の目的のひとつは、公正の確立へと人々を向かわせるために必要な条件が整ったことです。コーランは、第57章アルハディード章鉄、第25節で次のように語っています。
「我々は自分たちの使徒たちを、明確な根拠と共に遣わし、彼らと共に、書物と、真理と偽りを区別するためのはかりを下した。人々が公正へと立ち上がるように」
奇跡と論理的な根拠は、神の預言者たちが、思想や理性を育てるために利用した事柄です。はかりとは、善と悪を区別する基準となる、神の規定や法を指します。他の預言者たちと同じように、イスラムの預言者ムハンマドにも課された重要な任務のひとつは、社会に公正を確立することでした。コーランはこれについて、第42章シュウラー章相談、第15節で次のように語っています。
「言え、『神が下したあらゆる書物を信じ、あなた方の間で公正に行動する任務を与えられた』」
公正は、人類の昔からの願いであり、人々は歴史を通してそれを追い求めてきました。今もなお、それが実現していないのは、神の預言者たちの目的や教えから離れてしまっているためです。
明らかに、預言者が人々の中から選ばれたことは、世界の創造主である神からの非常に大きな恩恵です。神は、優れた道徳と至高なる教えにより、世界を清らかさと美しさに導くような人物を選びました。コーラン第62章アル・ジュムア章金曜礼拝、第2節には次のようにあります。
「神は、人々の間で読み書きを知らない人物を預言者に選び、その節を人々に読ませ、彼らの心を清らかにし、書物と英知を教えさせるようにした」
このように、コーランがここで最後の預言者の召命の重要な目的として挙げているのは、人々の心を清め、人間の高い能力を開花させることです。
コーランは、神の節の朗誦と、心の教育と浄化の他、神の預言者が召されたことの重要な結果として、人々に書物の知識と英知が与えられたことを挙げています。ムハンマドは、コーランの節を読み上げることで、人類の迷いと卑しさの中で暮らし、穢れと堕落に陥っていた、死んだ人々を、英知と書物の教えによってよみがえらせるために遣わされました。
様々な存在物の創造の目的が、世界の創造主である神を崇拝することにあるなら、預言者たち、特に最後の預言者であるムハンマドが遣わされた最終的な目的は、人類を礼拝の最高の段階に至らせ、偶像崇拝から救うことにあります。コーラン第16章アン・ナフル章ミツバチ、第36節には次のようにあります。エ「我々は、唯一の神を崇拝し、偶像を避けさせるためにそれぞれの共同体に預言者を遣わした」
イマームアリーは、このように語っています。エ「まことに神は、人々を神の僕への崇拝から救い、神への崇拝へと導くためにムハンマドを正しく遣わした」
イライスラム革命最高指導者のハーメネイー師は、表明の中で、この預言者の召命の目的について触れ、次のように語っています。「預言者の召命のメッセージは、コーランの中に探ることができる。その一つは、闇から脱出し、光へと入ることだ。預言者の召命は、人間を無知の暗闇、醜い慣習、人間が囚われている迷信、圧制者や反逆者の圧制から救い、その対極にある光へと導くものだ。この光は、実際、唯一神信仰であり、あらゆる価値や美徳はそれによって得られ、神の預言者の召命の最高の結果として、人間を悪魔のささやきや欲望の誘惑から解放する唯一の道である」
このように、預言者ムハンマドは、世界の人々に、世界が回っている限り、人類の幸福を保障する教えをもたらしました。預言者ムハンマドは、人間の神への崇拝というニーズに対し、最も完全な形で応じ、人類を神以外のものへの崇拝から遠ざけました。預言者ムハンマドは、この使命を担うことにより、人間社会の様々な価値や概念に深い革命を起こし、世界の人々に、愛情、人間性、信仰、公正を教えました。世界は預言者の永遠の教えによって光を与えられ、イスラムは短期間のうちに、世界中に広がったのです。