庭師とサヨナキドリ
昔々のこと。あるところに、美しく手入れされた広い庭園を持つ庭師がいました。
昔々のこと。あるところに、美しく手入れされた広い庭園を持つ庭師がいました。
この庭師はそこで香りのよいきれいな花をたくさん育てていました。彼は年を取っていましたが、毎朝、日が昇る前に庭を歩いては、朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んでいました。庭師は、朝早く、瑞々しい草花を眺めては、その香りを楽しんでいたからでしょうか。いつも活力に満ちた明るい表情をしていました。友人たちはそんな彼のことを、元気な老人と呼んでいました。庭師自身もまた、早起きをして毎朝、草花を眺めながら歩いていれば、決して老いることはなく、ずっと元気でいられると考えていました。
庭師は自分の庭で、様々な種類の花を育てていましたが、中でも彼のお気に入りは、赤いバラの花でした。バラはたくさんの花の中でひときわ美しく、よい香りを放っていました。庭師は毎日、それらを眺め、ひとつひとつの花の香りをかいでは、こうつぶやいていました。
「サヨナキドリが、バラの花に魅せられるのも当然だ。バラは人生の楽しみそのもので、心に活力を与えてくれる」
そんなある日、庭師はいつものように、日の出前の庭の散歩を楽しんでいました。そして、お気に入りの赤いバラのところに差し掛かると、一羽のサヨナキドリが枝にとまっています。鳥の様子をしばらく見ていると、鳥はその花びらをひとひら、ひとひら、ついばんでいるではありませんか。サヨナキドリは花びらの間に顔を寄せてさえずっていました。それはまるで、バラに話しかけ、バラと遊んでいるかのようでした。サヨナキドリは、さえずりながら、花びらを一枚また一枚と、ちぎっていたのです。
庭師は、しばらくそこにたたずんで、サヨナキドリのさえずりに耳を傾けていました。彼は花の傍らで戯れる鳥の姿に心を癒されはしたものの、周りに散らかされた花びらにはがっかりしました。しばらくすると、鳥の方も庭師に見られていることに気づいたのでしょうか、そこから飛び去ってしまいました。その翌日、庭師は再び、同じ光景を目にしました。サヨナキドリが、花びらをちぎりながら、さえずっているのです。しかし、今度も庭師に気が付くとすぐに飛び去ってしまいました。
庭師は足もとに散らかった花びらを見て、悲しくなりました。
「サヨナキドリにもバラの花に魅せられる権利はあるだろう。だが花は、見て愛でたり、かぐわしい香りを楽しんだりするためのものだ。決して、花びらをちぎるためのものではない。これまで丹精込めて私が育てた花をこんな風にしてしまうなんて。それにしても、どうしてサヨナキドリは、花びらをちぎってしまうのだろう?」
次の日、庭師は、サヨナキドリがさえずりながら、地面に落ちた花びらに話しかけているのを見ました。庭師はその光景にすっかり腹を立ててしまいました。
「自由をいいことにいたずらする鳥を懲らしめるには、鳥かごしかない」
そしてバラの木のまわりに罠を張りめぐらし、鳥を捕まえてしまったのです。そうして庭師は、サヨナキドリをまんまとかごに閉じ込めてしまいました。庭師は鳥に厳しい口調で話しかけました。
「自由を正しく享受しなかった罰だ。自分のしたことの報いを思い知るがいい」。
鳥は、自分がかごに閉じ込められたことに抗議して言い返しました。
「僕もあなたも花を愛する気持ちに違いはありません。あなたは美しい花を育てて、僕を喜ばせてくれています。その代わりに、僕も良い声でさえずってあなたを喜ばせているじゃありませんか。僕だってあなたのように自由に庭を飛び回りたい。それなのに、どうしてこのような目に合わなくてはならないのでしょう?もし僕のさえずりを聞きたいのでしたら、僕の巣はあなたの庭にあるのですから、一日中そこでさえずることにしましょう。でも、僕をかごに閉じ込めた理由が他にあるというのなら、どうか説明してください」
庭師は答えました。
「これは、お前のさえずりが聞きたいからではない。お前は私の愛するバラを戯れに傷つけて、私の喜びを台無しにしてしまった。お前は自由にさえずっていると、どうやら理性を失って、バラの花びらをちぎってしまうようだ。この罰はお前が悪いことをしたからで、他の者が同じ過ちを繰り返さないよう、お前を見せしめとするためのものだ」
サヨナキドリは言いました。
「なんて意地の悪いことをおっしゃるんですか。僕はあなたに閉じ込められて、十分に傷ついて苦しんでいます。それなのに、さらに罰ですって?見せしめですって?これは、あなたの罪の方が重いとは思いませんか?あなたは僕の心を傷つけたんですよ。でも僕のしたことは、ただバラの花びらをちぎっただけだ」
サヨナキドリの言葉に、庭師は深い感銘を受けました。彼は鳥の答に「なるほどもっともだ」と感心して、鳥を鳥かごから出してやりました。サヨナキドリは羽ばたいて、バラの枝にとまると、老人に向かって言いました。
「あなたが私によくしてくれたので、私もそれにお返しをしましょう。金貨のいっぱい入った箱が、ちょうど今、あなたが立っているところの土の下に埋まっています。それをあなたに差し上げましょう。どうぞ好きなように使ってください」
庭師はさっそく地面を掘り返してみました。すると本当に金貨の入った箱が見つかったのです。庭師はサヨナキドリに言いました。
「それにしても、奇妙な話だ。君は地面の下にある箱の中身まで見えるというのに、私が仕掛けた罠は見えなかったなんて」
サヨナキドリの答はこうでした。
「それには2つ、理由があります。まず、どんなに賢かったとしても、自分の運命までは予測することはできません。災難に巻き込まれてしまう可能性は否定できない。二つ目は、僕にとって金(きん)は何の価値も無い取るに足りないものです。ですから金を見ても、心を動かされることもない。でも、バラの花は大好きだから、花に気をとられてあなたが仕掛けた罠に気づかなかったというわけです。つまり、何でも限度を超えてしまうと苦難の原因になる。限度以上に何かを好きになると、こんな結果をもたらすことがあるということでしょう」
サヨナキドリはこう言うと、再び美しい花を愛でるために飛び立っていきました。