革命後45年間におけるイランの政治分野の業績
(last modified Wed, 07 Feb 2024 07:44:28 GMT )
2月 07, 2024 16:44 Asia/Tokyo
  • イラン国旗
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イランは1979年のイスラム革命後45年間にわたり、国内政策の分野で多くの業績を挙げてきました。

国内政治の分野におけるイランの重要な成果の一つは、宗教的民主主義の統治モデルを提示したことです。1979年2月のイスラム革命の勝利以前は、王政がイランを統治していました。このような体制を維持・継続するには、シャー(ペルシャ語で国王の意味)の絶対的専制に依拠しなければなりませんでした。しかし、現体制であるイスラム共和国の樹立により、イランには国民投票の重視と神が定める法の順守を主たる教えとする宗教的民主主義に基づく体制が成立したのです 。

民主主義制度の支柱としての行政、立法、司法の確立とこの三権の分立、40以上の選挙の定期的・継続的な実施、政治・経済・文化の分野における意思決定と実施の独立性、国民に対する体制責任者の引責、市民社会の繁栄と政治組織、そして全ての民族による組織、これらはすべて、今日のイラン社会における民主主義の一部です。

イランは宗教と政治という2つの領域の相互作用の明確化、そして統治者の精神的および政治的特徴の両方および、イスラム的価値観とその構造もしくは民主主義的な手法とのつながりに依拠した政治制度の確立に成功しました。この統治方式は、政体の共和制的な性質と政府の意思決定における国民の役割の両方を強調しているとともに、イスラム主義のモデルと安定したイスラム的価値観(正義、神を中心とすること、及び精神性)を政治体制の基盤と見なしています。

共和主義とイスラム主義イスラム革命の2大支柱ですが、それらは決して相互に乖離してはおらず、互いに認め合っています。現イラン・イスラム革命最高指導者のハーメネイー師はこの点について「体制の共和主義とイスラム主義はいずれも選挙に依存している。それは共和主義と民主主義、そして国家行政における国民主権の実現には選挙を実施する以外に方法がないからである」と述べています。

革命後45年間におけるイランのもう1つの重要な業績として、政治的な独立が挙げられます。偶像政権に等しかった旧王制は、いずれのレベルの独立性も有していませんでした。しかし、イスラム共和制となったイランはその独立性と反専制主義的な性質により、イラン国民の運命に対する外国の支配を拒否するとともに、国際的勢力のブロック陣営を崩し、既存の国際体制に疑問を提起してきました。

また地域諸国や世界の多くの国々と比較して、イランの現体制は非常に高い独立性を有しています。特に「東西両陣営のいずれにも属さず」という政策により、革命前まで常に植民地主義勢力や外国勢力の影響下にあったイランは、もはや他者の侵入不可能な完全なる独立国へと変貌しました。

そもそも、西側諸国、特にアメリカがイランと敵対し、圧政的な制裁を行使している主な理由の一つも、イランの政治的独立性に起因しています。西アジア地域では諸国の独立は包括的、一般的な問題ではなく、地域の大国ですら独立性の脆弱さに苦しんでおり、それゆえに諸国民から見下されているのが現状です。

そしてこれまで45年間におけるイランのもう1つの重要な業績として、安全保障を外部の力に依存せず、国内の力により確保したことも見逃せません。その一方で西アジア地域では、地域内の一部大国を含む諸国の安全は外国からの支援に依存した格好となっており、そのためにそうした国々が侮蔑されるまでに至っています。そうした上から目線的な物言いは、ドナルド・トランプ前米大統領の時代に最も顕著となりました。トランプ氏「自分はサウジアラビア国王に対し、サウジは米国の支援なしでは2週間ももたないだろうと告げた」と繰り返し公言していたのです。

 


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