ライースィー大統領がイラン国民に愛された理由とは?
アナリストによりますと、ライースィー・イラン大統領は非常に敬愛される存在でした。彼は人を揶揄したり、また他人と対立し反対派に回ったりせず、政敵に対し牙をむくこともありませんでした。
ライースィー大統領が敬愛された第1の理由には、短期間のうちにイランの国内各地を訪問し、事態を追跡調査していたことが挙げられます。その結果、イラン国内各州の人々は現在、殉教した同大統領について「彼があたかも昨日来たように感じる」と語っています。同大統領の殉教に市民らが心にぽっかり穴が開いたように感じる理由の一つは、彼に間近に何度も接したことにあります。新型コロナ感染のピークが病院や薬局にまで波及していた当時、イラン国民は皆、ライースィー大統領を身近に感じ、その姿を間近に見ていました。そこから、この親近感が常に付随してくるのは当然のことであり、イラン国民は今日、大きな喪失と悲嘆を感じているのです。
第2の理由には、ライースィー大統領は自身が敬愛に値する人物だったことが指摘できます。彼は人を揶揄したり、対立し反対派に回ったり、政敵に牙をむくこともなく、人々を心配させることもありませんでした。そのような依怙贔屓のない敬虔な人物は必ずや敬愛されるはずであり、実際にそうようになったのです。
第3の理由として挙げられるのは、ライースィー大統領が、イラン北東部の聖地であるシーア派8代目イマーム・レザー聖廟を管理していた時に人々の間には精神的な情熱を生み出し、2017年にイラン大統領選挙に出馬し敗北したものの、依然として一般市民の間に宗教信仰や人間的価値観という情熱を巻き起こし、司法府長官であった時はその活動で宗教的な資本を生み出し、2021年の大統領選で当選した時には、宗教信仰の情熱や理想探求心を高めるという功績をあげてきたことです。神を求めるその精神は、イマーム・レザー霊廟の管理から政治の分野までの一見異なる3つの分野で、このような宗教性と価値観の波を社会に沸き起こすことに成功したのです。
そして第4の理由には、ライースィー大統領が表面上は現世の私たちのもとを去ったものの、彼の偉大な勝利は、イラン国民に対する同国政府の奉仕と献身の感情を強化する形になったことが挙げられます。それは、彼の殉教によってさらに強化され、深まりました。殉教者の血は常に、敵の対極として機能し、イラン国民の感情や打算を変えようとする数百万ドル規模のメディアや経済戦争の計画をかく乱することができます。先のイランイスラム革命防衛隊ゴッツ部隊ソレイマーニー司令官の殉教がイランの権威と社会資本の大いなる復活をもたらしたとすれば、ライースィー大統領の殉教は、それに続く2段階目の歩み、次のステップだと言えます。それは、イスラム共和制の政府および組織に対する国民の信頼や楽観主義、さらには奉仕の意識を強めるものとなったのです。