モーセの杖からヤフヤーの杖へ:不信仰者たちに対する伝説となったシンワル氏
イラン紙「エエテマード」は、ハマスの前政治局長ヤフヤー・シンワル氏は殉教により偉大な伝説となったとしました。
【ParsToday西アジア】SNS上にあふれるコンテンツやキーワードの量・種類を分析すると、シンワル氏が殉教して以来、世界中で彼の人気が大幅に高まっていることが分かります。特にシオニスト政権イスラエルが彼の殉教直前の動画を公開したことで、この傾向に火が付きました。一部の人々の間では、シンワル氏の人気が高まっているのは、伝説が出来上がる過程そのものだと考えられています。イランのアナリスト、セイイェド・アターオッラー・モハージェラーニー氏はこの問題を分析して、エエテマード紙の記事中で次のように述べています。
イスラムの聖典コーランでは、全能の神と預言者ムーサー(モーセ)との会話が伝えられている。ムーサーの杖についてはコーランの至る箇所で言及されている。その一方で、同じく預言者のソレイマーンの杖は、彼のあれほどの名声と有名な蟻の物語にもかかわらず、コーランの聖句には出てこない。コーラン第20章(ターハー章)第17節から21節では、ムーサーの杖とその効果・使用の問題が取り上げられている。それは次のようなものである。神はムーサーに対し、「お前の右手には何があるか?」と問われた。それに対しムーサーは、「杖であり、私はこれに頼っている。この杖で羊の為に木々の葉を振り落とすのだ。これにはそのほかの利便もある」と答えた。神は「お前の杖を地面に投げ出せ」と言った。ムーサーがそうすると杖は龍(蛇)になった。次いで神はムーサーに「手を伸ばして蛇の尾をつかめ、我はそれを元の杖に戻してみせる」と言っている。
シンワル氏は砲撃で生じた瓦礫の下で、体は傷つきながらも明るく知的な瞳を輝かせ、人生の最後の瞬間に、イスラエル軍に向かって杖を投げた。子供殺しの暴虐政権軍は、ムーサーが生きた時代のエジプトの暴君フィルアウン(ファラオ)であるラムセス2世の行動と非常に酷似している。すぐに、それが私の心に思い浮かんだのが、「ヤフヤーは右手に何を持っているのか?」ということだった。ムーサーからヤフヤーまで、フィルアウンからネタニヤフまで、ムーサーの杖からヤフヤーの杖まで、歴史は何と短いことか。ムーサーの奇跡が、別の形で我々の前に甦り、神話は現実となった。かつてパレスチナ人作家エミール・ハビビが詩人マフムード・ダルウィーシュについて語ったように。
「今後、神話は必要ない。神話の中で起こったこと。それが今、我々の目の前で起きている!」
ヤフヤー・シンワルは、イランの神話に登場する射手アーラシュのような存在となった。パレスチナの子供たちは、シンワル氏のように廃墟の中で一人ソファに座っている。彼らは足を踏み合い微笑み、手に棒を持っている。それは、シンワル氏が今も生きていて、インスピレーションを与えていることを意味している。
数々のナラティブ戦争の中で、シオニストの強力なプロパガンダ網とイスラエル支持者は常に、「イスラエルには自衛権がある」「イスラエルの戦争はテロとの戦いだ」「これは文明対野蛮の戦いである」「文明対後進の戦いである」などと繰り返し唱えてきた。ネタニヤフ首相は最近の国連総会で、自分が真実を語っていると述べた。ガラント戦争相は「我々の戦争は正義だ」と語った。
彼らは決して、パレスチナやパレスチナ人という言葉は使わない。彼らはパレスチナは終わったと考えている。至る所が彼らのナラティブで埋め尽くされている。昨年10月7日に突然、ハマスによる対イスラエル攻撃「アクサーの嵐」作戦が起こり、それから1年以上が経過した後、シンワル氏はトンネルに隠れていたと彼らは言った。また、彼が自分の命を守るためにパレスチナ人の子供や人質を人間の盾として利用したとまで言っていた。
しかし、シンワル氏は廃墟と化した建物の中で、戦闘服を着てイスラエル軍の前に現れ、最後の象徴的な聖なる戦いで侵略軍に向かって杖を投げる。伝説が生まれる。イスラエル側は、彼を矮小化したかったのだ。彼は名誉と勇気と殉教の頂に立っているのである。