米国の国家安保戦略文書は大西洋による欧米同盟分裂の分岐点となるか?
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欧州各国首脳らと会談するドナルド・トランプ米大統領(2025年8月18日)
米国の「国家安全保障戦略2025」発表後に、大西洋をまたいでの欧米同盟関係が緊迫化し、ウクライナ戦争をめぐる深刻な見解の対立が生じていることから、アメリカと欧州各国の政府の間に前例のない溝がでできています。
数十年にわたりNATO北大西洋条約機構という枠組みと共通の利益を基盤として築かれてきた米国と欧州の関係は、近年になって前例のない緊張の局面に突入しています。ドナルド・トランプ米政権の政策を発端としたこの対立は、主にウクライナ紛争をめぐり繰り広げられ、米国の「国家安全保障戦略2025」の発表によって最高潮に達しています。
今月4日に発表されたこの文書は、ヨーロッパを衰退する勢力と見なすとともに、ヨーロッパの指導者らを厳しく批判し、「ヨーロッパの現路線への抵抗」を目的とした提案も出しています。
こうした成り行きによりEU欧州連合とアメリカにおいて懸念が高まり、西側同盟の将来に疑問符がつけられた形となっています。
これらの対立の焦点となっているのは、2022年2月に始まったウクライナ紛争です。トランプ政権は「アメリカ・ファースト(アメリカ第1)」のスローガンの下、紛争の早期終結を強調し、28項目の和平案を提示しましたが、これはウクライナ支持派の多くの見解ではロシアに有利な内容とされています。先月の報道によれば、この案には、クリミア半島のほか、ウクライナ東部のルハンシク、ドネツクにおけるロシアの支配の承認、ドネツクの一部地域からのウクライナ軍の撤退が含まれています。また、ウクライナ軍の規模制限や、西側諸国からの対ウクライナ安全保障保証の排除も提案されています。
この計画は、米北部アラスカとスイス・ジュネーブで米ロが直接協議して策定したとみられ、欧州から強い反発を招いています。カイア・カラスEU外務・安全保障政策上級代表をはじめとする欧州の関係者らは、ウクライナと欧州が関与しない計画は全て「失敗」だと強調しています。
アントニオ・コスタ欧州理事会議長も「このアプローチは『公正な和平』を損ない、今後のロシアの脅威に対して欧州を脆弱化させるものだ」と警告しました。
ウクライナ戦争勃発以来、同国に数十億ユーロの軍事援助と財政援助を提供してきた欧州は、アメリカの計画を「クレムリン(ロシア大統領府)の希望リスト」だとしています。英国、フランス、ドイツは先月、現在の前線の維持、凍結されたロシア資産によるウクライナの再建、そしてNATOに類似した安全保障保証を強調する19項目の対抗策を提示していました。
ジュネーブ協議で議論されたこの計画は、「ウクライナの完全な屈服」の回避を狙う欧州の試みを象徴しています。しかし、アメリカはロシアの資産をウクライナ向け融資に利用しようとする試みを阻止してきました。
これらの見解対立により、ウクライナ和平交渉は膠着状態に陥っています。同時に、トランプ大統領の外交政策ロードマップとなる「国家安全保障戦略2025」が発表されたことで、この亀裂がさらに深まっています。33ページに及ぶこの文書は「移民、言論の自由の検閲、反移民運動の弾圧によって『文明の消滅』に向かっている」としてヨーロッパを非難し、ヨーロッパ大陸は「今後20年間で全く別物になる」と警告しています。
米国の新国家安全保障文書はロシアとの戦略的安定を強調するとともに、欧州諸国がロシアの打破・粉砕という「非現実的な期待」を抱いていると批判しています。また、欧州の進路変更を促すべく「欧州愛国党」と呼ばれる政党への支援を提案しているものの、欧州諸国の大半の政府は、この文書で言及されている政党を極右扱いしています。
ロシア大統領府が「わが国の見解に沿ったもの」としているこのアプローチは、EUの怒りを買っています。ドイツのフリードリヒ・メルツ首相はこれを欧州への内政干渉だとし、「欧州の中核的価値観は民主主義と基本的人権である」と強調しました。またフランスのエマニュエル・マクロン大統領も漏洩された情報において、「米国の新たな政策は欧州の安全保障を脅かしている」と警告しています。
しかも、こうした批判はウクライナ問題にとどまらず、経済問題やイデオロギー問題にまで及んでいます。トランプ大統領は「モンロー・ドクトリン(欧州列強による西半球・米大陸への干渉・植民を拒否し、米州の安全と秩序は米国が守るとする外交の基本原則)」に重点を置き、西半球におけるアメリカの優位性を強調するとともに、現在欧州に駐留する約8万5000人の部隊の縮小を計画しています。
また貿易面でも、米国による欧州の鉄鋼・アルミニウムへの25%の関税や、EUのDSAデジタルサービス法をめぐる紛争により、大西洋を隔てた両大陸間の緊張が悪化しています。
こうした対立はNATO同盟を脅かすとともに、欧州に安全保障戦略の見直しを迫る形となっています。この点について、イタリア国際問題研究所のナタリー・トゥッチ(Nathalie Tocci)所長は「欧州は、自国の安全保障はウクライナ次第であり、アメリカには頼れないことを理解する必要がある」とコメントしました。
こうした方向路線への足がかりとしては、2035年までに欧州の防衛予算をGDP国内総生産の5%に増額するという計画や、ゼレンスキー・ウクライナ大統領による欧州軍創設案が挙げられます。しかし、トランプ大統領が和平案の推進を継続すれば、欧州は対ロシア単独戦争の道を歩み続けねばならない可能性があります。これはEUと個々の欧州諸国にとって、大きな代償を伴うシナリオになると考えられます。
結局、この危機こそが西側諸国にとって真の試練となります。果たして欧州は結束を維持し、ウクライナの屈服を阻止できるのでしょうか?それとも、「アメリカ第一主義」政策が、数十年にわたり大西洋の両岸を繋いできた架け橋を破壊してしまうのでしょうか?この問いへの答えは、今後数日間において、ゼレンスキー大統領とトランプ大統領の会談の可能性や、米国の新国家安全保障文書に対する欧州の反応により明らかになることでしょう。しかし、確かなことは、大西洋を隔てた欧州とアメリカの関係はもはや以前の欧米関係と同じではなくなる、ということなのです。

