3月 15, 2021 00:23 Asia/Tokyo
  • イランの芸術に見る春
    イランの芸術に見る春

幅広いイランの芸術の中で、作品には、春を表現したものが非常に多く見られます。

春は心をひきつけるものであり、芸術家は最も美しいと思える形でその芸術と創造力を表現します。春の美しいものは、さまざまな色彩により筆で描かれ、絵画とされます。また、音楽家は心を動かす曲や歌、演奏により、春とその美しさを飾り立てます。 確かに、そのほかの芸術や絨毯織りなどにも、春は存在し、視覚的な芸術やそのほかの新たな芸術においても、美しい春の表現は私たちを至高の宴に誘っています。
イランの詩や文学の中には、最高に輝かしい春が秘められています。それとともに、ノウルーズと春の到来を祝う歌や曲は、一般の人々の間で広まって います。イランの人々は昔から、年が改まるのに感謝し、さまざまな方法で喜びを表現してきました。そのひとつがノウルーズハーニーと呼ばれる詩の朗誦で す。長年を経た古い慣習は色あせても、いまだに古い伝統として、人々の生活の所々にその痕跡が見られます。
バハールハーニー、つまり春の朗誦とも呼ばれるノウルーズハーニーは、数十年前までイラン各地、とりわけイラン北部のアルボルズ山脈の北部と南部の山岳地 域で広く行われていましたが、現在では分散した形で、僻地の村で見られています。ノウルーズハーニーを行う人々は春の訪れを告げるために、練り歩きます。

 

 

イランの一部地域では、ノウルーズハーニーを行った後、人形遣いや劇団がプログラムを上演します。各地における出し物の実施のあり方や、行事の実施の時期 などは、それぞれ異なっており、この違いはイランの文化的、地理的多様性によるものです。この出し物は、春や喜びの到来といった内容を伴っています。自然 現象の特性の利用、宗教信仰への称賛、喜びを表し、憎しみを払拭し、親切心を広めることへの奨励などが、これらの出し物の主な内容となっています。
これらの劇団の衣服の色は、ほとんどが赤で、人形劇の人形も赤い服を着ています。演劇が行われている間、ダフやトンバクといった打楽器も使用されます。こ の出し物は、一部では人々、特に子供が出演者とともに行うような構成になっています。このような出し物では、出演者は冬の寒さと夜の象徴である黒い色を顔 に塗っていますが、服は赤で、これは冬が去り、春の初めに生命が再生されることの象徴です。出演者は喜びとともに、春の祝祭が訪れたという吉報を伝えるの です。

ノウルーズハーニー

 

カルナー、あるいはソルナーと呼ばれる吹奏楽器は、非常によく知られており、イランの楽器の中でも、さまざまな形で使われています。イラン各地で行われる 喜びの儀式では、ソルナーの演奏を伴っています。多くのイラン人が、この種の楽器の音を聞いて、新たな年の始まりを知るように、ソルナー、カルナーはノウ ルーズの到来をその音で伝えます。この種の楽器によるノウルーズの演奏は、イランの音楽体系のひとつ、チャハールガー旋法で行われます。この数十年、新た な年を迎えるに当たって、これらの楽器の音楽はラジオやテレビでも流されます。
ソルナーはイラン中部の遊牧民の居住地域において、長期に渡って演奏されており、これら2つの楽器の演奏において熟練しているのは、数名のみです。


イラン音楽の全体的な規範集・ラディーフにも、ノウルーズに関するものが見られます。アブドルモーメン・ビン・サフィーオッディーンという人物が書いた最 古のペルシャ語による音楽書の中でも、「ノウルーズはイラン音楽の4番目の曲である」とされています。この本の著者はまた、ノウルーズという名前のつくさ まざまな曲を挙げ、それらを抜き出して、古いイラン音楽としています。一部の曲は、ノウルーズ・ハーラー、ノールーズ・ラハーヴィー、ノウルーズ・サ バー、ノウルーズ・アジャム、ノウルーズ・アラブなどとなっており、その多くは、現在にまでも伝えられています。
歴史書では、ノウルーズの曲は、年の初めに演奏され、それぞれが特定の日や特定の儀式に使用されていたということです。ノウルーズの祝祭の最後の日、つまりイラン暦の1月6日は、ノウルーズ・ソルターニーという曲が演奏されていました。


春はまた、自然における芽生えと開花の季節で、芸術家、特に画家の創造力が開花する季節です。春は神から与えられたあらゆる美しさにより、イランの画家に とって分かちがたい季節となっています。イランの細密画における春の庭園の描写は、実際の春よりも美しく、芸術家は、清らかな内面と視点を、創造主の神の 力とその創造の美しさに向けているのです。
イランの芸術家による春の描写は、一種の楽園の描写です。図面に描かれた花は、美しい、心動かす春の表れであり、美しい声の鳥は、楽園のいたるところで 歌っています。たいていの画家は、春の美しさを追い求め、喜びと希望、愛の話とともに、春という季節を描いています。花のそばの背の高い糸杉は、イランの 絵画の中に多く見られますが、これは見る人をその庭園とイランの絵画にひきつける要素となっています。
イランの庭園を描いた色鮮やかな絵画には、現世の情熱、人生観、春のみずみずしさ、価値などが含まれており、イランの絵画には、秋や冬の自然の様子を描いた絵は、わずかしか見られません。あたかも、画家は春だけを見ているかのように感じます。
今日、イランの絨毯は、イラン国内外において最も大きな知名度を獲得しています。誰でも、イランの芸術家による手織りの絨毯が最もすばらしいということを知っています。イランの絨毯のデザインも、絵画と同じようにそのほとんどは、春を描いています。
イランの絨毯は世界中で名声やファンを得ていますが、常に春の景色や花や緑豊かな美しい庭園を描いており、これによって、絨毯を持っている人は、誰もみな 喜びと色とりどりの春を所有していることになります。歴史によると、西暦の637年ごろ、サーサーン朝の宮廷に絨毯があり、それは「ホスローの春」あるい は「春の園」と呼ばれていました。この絨毯は歴史上もっとも高価なじゅうたんとして知られており、歴史家はそれには春の庭園の光景が描かれていたとしてい ます。この庭園の一角には、青や赤、白、黄色、緑の花で飾られていた立派な王座があり、その色は金色であり、川岸にはクリスタルのような石があったとされ ています。
イランのほとんどの絨毯のデザインは、幾何学模様が、唐草模様や草花の模様と組み合わされており、春の明るい色を伴う生き生きとしたデザインとなっていま す。大きい絨毯であれ、小さなものであれ、この固定のデザインに変化はありません。確かに、染色用の染料や糸も、春の自然から生じたものによって作られる といえます。ほとんどの織り手は、春の自然と、春における神の恩恵により、絨毯を作り出しています。また、春のデザインや色、それによる原料は、イランの 絨毯に限られず、ゲリームやギャッベなどの敷物にも使用されているのです。

 

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