3月 06, 2018 22:13 Asia/Tokyo
  • 西洋での女性を道具と見なす捉え方
    西洋での女性を道具と見なす捉え方

今回は、西側諸国における女性を道具と見なす捉え方についてお話することにいたしましょう。

女性は、美的感覚に優れていることといった、重要な特性が備わっています。しかし、こうした女性の特質が、西側世界では、長年にわたり、常に宣伝により無意識のうちに悪用され、次第に女性が商品化するとともに、人間としての女性の尊厳が疑問視されています。

西側諸国の広告映像や映画に注目すると、女性が消費の宣伝手段として利用されている一方で、こうした広告により、製品の消費者としてさらに悪用されていることが分かります。

西洋での女性を道具と見なす捉え方

 

フランスの思想家ロジェ・ガロディは、著作において、次のように述べています。

「西洋型の自由経済とは、市場のニーズを満たすことではなく、市場におけるニーズを生み出すことである」

1960年に、広告代理店ウォルター・トンプソンの幹部は、「アメリカ人は、速いテンポで生産できるよう、さらに年間160億ドルを消費すべきだ」と語りました。資本主義経済では、生産を増やすために消費を増やす事は現代の経済の必須事項とされています。それは、製品が消費されなければ、生産の拡大、経済発展の可能性はありえないからです。

経済学者のエルネスト・マンデルの経済学に関する著作には、次のように述べられています。

 「生産のサイクルは非常に急速に回転しており、消費者が購買の際にわずかでも躊躇すれば、経済全体が動揺しかねない。このため、より多く生産することは経済発展に欠かせず、それには人々により多く消費するよう奨励する必要がある。それゆえに、宣伝広告は西洋式の発展の柱の1つとされている」

商業目的のコマーシャルは、人間中心主義的な思想から生まれたものです。こうした宣伝においては、より多くの収益を上げるという目標達成のために、あらゆる手段を駆使して利益を追求することになります。こうした見解に基づき、コマーシャルにあらゆる要素を導入することは、企業の経済的な覇権を拡大し、より広範囲の市場を開発するための手段となりえます。コマーシャルの本質は、ある商品や特殊なサービスを購買するよう、人々の意欲を掻き立てるものです。

コマーシャルでは、音楽や自然、色による技術が使われ、さらには事実とは違う嘘や誇張などの様々な手段が利用されています。しかし、ほかのどのような要素よりも製作者をひきつけているのは、ジェンダーの面での魅力です。このテーマへの注目は事実上、コマーシャルにおける女性の利用の始まりとなりました。アメリカの心理学者エドワード・バーネイズは、女性をコマーシャルのための最も重要な手段として利用した人物の1人でした。

こうした捉え方により、西側諸国ではその主張とは逆に、これらの国の女性の位置づけは今や1つの商品というレベルにまで下がっています。もはやテレビのコマーシャルにおいて、商品の宣伝に女性の身体的な美を利用していないものはほとんどないと言えます。

 

女性の身体美の利用は、広告のみに限られず、今日では、西側世界の映画やテレビが、女性の外見的な魅力を利用して、視聴者をひきつけようとしています。

複数の調査からは、コマーシャルのうち、平均して40%には女性が性的な形で提示されていることが証明されています。また、特に視聴率の高い時間帯に放送されたコマーシャルには、男性よりも女性が高い露出度で出演している事がわかっています。

ある研究者は、様々な年におけるアメリカの雑誌タイムの広告に出てくる女性の位置づけについて調査しました。その結果、魅惑的な状態の女性が車の横に立つと、彼女は製品の効果的な消費者または製造業者として紹介されるのではなく、車のアクセサリーのように見えると報告しています。このように、女性を悪用している実例は、男性を対象とした雑誌や宣伝になると、さらに多く見られるようになります。

 

それではここで、女性問題の専門家であるアーホンダーン博士のお話をお聞きいただくことにいたしましょう。

「商業宣伝への女性の出演に関しては、ある基本原則が存在する。そうした原則の1つは、女性とその性的に誘惑する魅力の関係が生じることである。このことは、女性の体が男性をひきつけるための道具とされている、西側諸国の企業の間に広まっている。この種のコマーシャルは、製品を販売しようとするために行われている。このような考え方により、女性は精神性や人間性を磨くのではなく、単なる外見的な美しさやおしゃれのみに注目するようになる。このような女性は、自分の内面のアピールにはまず注目しないと思われる」

「当然ながら、外見の美しさばかりを追求する女性は、社会の基本的な責務や、家庭を持つ事には注目しないと考えられる。女性と道具として利用することは、短期、中期に及ぶ社会的な弊害をともなうことになり、一方でコマーシャルがもたらす長期的な問題は、ある年代の人々への誤った教育をも引き起こすと見られる」

 

成人女性や未成年の女子を主に対象としたメディアにおいては、視聴者は、女性が性的なものであることを吹き込まれ、さらには男性の間で人気者となり、身体的な魅力を増すためには、現代の流行にそった服や化粧品などの商品を使用すべきであると教え込まれます。

また、ある研究者は過去100年間におけるアメリカ人の若い女性が日常的に記憶している事柄について調査し、彼女たちがどのような要素を成長する要素とみなしているかについて研究しました。その結果、100年前の若い女性たちは、学力の向上や礼儀作法の習得、人格の向上に力を入れていたのに対し、最近20年間の若い女性たちには変化が見られ、外見の美化や流行に乗ることを、成長の土台と見ている事が判明したのです。

これよりもさらに残念なことは、こうした事柄がすべて、女性の解放や男女同権を口実に正当化されていることです。しかし、もし、女性が自分の体や頭髪を適切に覆い隠して公共の場に姿を現し、貞節を守れば、彼らの言う女性解放の矛盾が明らかになり、女性が公共の場に参加する上での制約が設けられることになります。

 

イランイスラム革命最高指導者のハーメネイー師は、ある演説において、女性に対する西側諸国の政策を批判し、次のように述べています。

「西洋の物質的な文明が女性問題に当たって講じた措置は、赦されざる大罪であり、その害は決して取り返しのつかないものである」

ハーメネイー師はまた、女性に対して西洋文明が提示する側面は、男性に媚を売り、彼らの快楽を求める要因を作るものであるとともに、侵されざる女性の領分を破壊するものだとし、西側諸国をそうした側面を自由としてアピールするとともに、逆に女性を束縛する手段とみなしている、との考え方を示しています。

ハーメネイー師は、女性をこのように捉えた結果、家庭が崩壊したとし、次のように述べています。

「社会の最小単位である家庭の基盤が揺らぐと、その社会の根幹に問題が生じる。西洋文明は性的に問題ある法律を施行することで、好むと好まざるとにかかわらず、敗北と衰退を運命付けられている」

 
 
家庭は、大きな文明の中心であり、これが多少なりとも崩壊すれば、その度合いに応じて文明も崩壊することになります。ハーメネイー師は、文明の崩壊を段階的な現象とみなしており、西洋文明にはすでにこの現象が起こりつつあるとしています。現代の西洋社会が抱えている倫理・社会面での危機や、同性愛者同士の結婚という、人間の本質に反する行動の合法化により、西洋社会は倫理の危機という泥沼にはまり、家庭の完全な崩壊の原因を作ってしまったのです。

 

近年、西側諸国において女性は表面的には、過去には考えられなかった驚くべきものを獲得したことは事実です。しかし、多くの思想家の間では、これほどの個人的、社会的な自由を獲得はしたものの、果たして西側諸国では女性の人間としての尊厳は維持されているのか、そして最終的に彼女たちが求めている安らぎを得られるのか、それともストレス、不安や身の危険を感じているのか、という疑問が浮上しているのです。

次回もどうぞ、お楽しみに。