王様と二人の大臣
イランに残る数々の民話は、昔から世界中の人々の心をひきつけてきました。これらの民話はどれも、人生の教訓でありながら、同時にイランの歴史ある豊かな文化を物語るものでもあります。 イランの思想家や先人たちは、筆を執り、自らの知識を、散文や韻文といった形で未来の人々に残してきました。 この番組では、こうしたイランの民話をご紹介しながら、ことわざにも触れ、宗教や文化、学術分野の先人たちの教訓に満ちた言葉もご紹介いたします。
昔々のこと、王様に2人の大臣が仕えていました。一人は心の優しい大臣、もう一人は嫉妬深い大臣でした。嫉妬深い大臣は、日頃から心の優しい大臣を気に食わなく思っていました。ですから、どうにかして彼を貶めてやろう、王の前で恥をかかせてやろうと、いつも機会を狙っていたのです。しかし、心の優しい大臣のほうでは、彼の悪意やたくらみに気づいてはいたものの、黙って彼の対応をやり過ごしていました。
ある日のことでした。兵士たちが一人の男を王様の前に引き立ててきました。この男が一体何をしたのか、なぜこのように王の前に連れて来られたのか、王様は理由を尋ねました。兵士の指揮官は答えました。
「この男は王を公然とののしっておりました。路地や市場で、汚い言葉で王の政(まつりごと)に対して批判を行っていたのです」
これを聞いた国王は憤りました。そして即座に、男の首をはねるよう指揮官に命じたのです。このとき、二人の大臣はそれぞれ男の傍らに立っていました。兵士が刑の執行人を呼びに行ってしまうと、死刑を宣告された男は、口元で王様の悪口をつぶやきました。
男から離れて玉座に座っていた王様には、この男が何とつぶやいたのかが聞き取れませんでした。そこで、心の優しい大臣に向かって尋ねました。
「この男は今、何と囁いたのだ?また我々を批判したのではないだろうな?」
そのとき、心の優しい大臣は、死刑を宣告された男の顔へと目をやり、それから王様に向かって言いました。
「いいえ王様、この男はたった今、あなたのために祈りを捧げ、こうつぶやいたのです。『神は、怒りを抑え人々の過ちを許す者を愛したもう』と」
王様は、心の優しい大臣の言葉を聞いて感激しました。そして、それまでの怒りを収めて、男の罪を許してやることにしました。しかし、そこで面白くないのが嫉妬深い大臣です。彼もすぐそばで、男が何を言ったのかを聞いていました。そう、王様に悪態をついていたこと、つまり心の優しい大臣が王に嘘をついたことも、全て知っていました。そこで、彼はこう考えたのです。
「今こそ、もう一人の大臣をひどい目に遭わせるための絶好のチャンスだ!もし彼の嘘を明らかにすれば、王の前で恥をかかすことができる。もしかしたら、王は彼への処罰を命じるかもしれない」
とうとう嫉妬深い大臣は、王様に向かって言いました。
「王の前で嘘をつくのは間違っている!王様よ!この男は祈ってなどおりません。こいつはあなた様に悪態をついたのです」
そして大臣は、男の言葉を繰り返してみせました。
これを聞いた王は、たちまち不機嫌になりました。そして怒りに満ちた目で嫉妬深い大臣を見つめました。嫉妬深い大臣は、王が腹を立てているのは心の優しい大臣の嘘のせいだと考えました。しかしそれは間違っていたのです。王はしばしの沈黙の後、嫉妬深い大臣に向かって言いました。
「先ほどの大臣の嘘と、今、お前が口にした真実と。果してどちらが好ましい答であったか。先の大臣は善意からあのような嘘をついた。そしてお前は、穢れた心からそのようなことを発言した。賢者のこのような言葉を聞いたことはなかったのか?」
『善意ある嘘は、争いの引き金になるような真実よりも好ましい』
嫉妬深い大臣は、王に自分の醜い行いを指摘されて、恥ずかしさと後悔からうつむくしかありませんでした。王様は嫉妬深い大臣に向かって言いました。
「心優しい大臣のしたことを考えてみよ。彼はこの哀れな男を助けるためにあのように答えたのだ。そうすることで、男の命を助け、また私への敬意も守った。しかしお前の答は悪意に満ちていた。男の死を望んだだけでなく、私をも侮辱した。お前はあの男が口にした醜い言葉を繰り返して、重ねて私を侮辱したのだ」
それから王様は男を解放するよう命じました。そして心の優しい大臣は報奨を与えられ、嫉妬深い大臣は職を解かれました。そう、もし誰かを穴に落とそうと企んだら、その穴にまず落ちるのは、その人自身なのです。