ことわざ:「飼い主に損をさせるために叩かれる、あのロバのようだ」
昔々、ある村に、食べることと眠ることが何よりも好きなロバがいました。
このロバは食べてばかりで、ほとんど働くことをせず、そして何よりも悪いことに、他のロバよりも大きな声で鳴きました。
ロバの飼い主は働き者で、他のロバたち同様、このロバのこともとても大切にしていました。しかし、愚かなロバには、それが理解できません。ロバはいつも考えていました。
「私は世界で最も優れたロバだ。私の飼い主は、世界中を探しても、私のようなロバを見つけることはできないだろう」
そんなある日のこと。とうとう飼い主は、ロバの手綱を強く引いて言いました。
「この怠け者のロバめ、よくお聞き。お前も他のロバと同じように働かなくてはならないよ。もし明日からまじめになれば良し。さもなければ、これ以上干草をやらないぞ」
ロバは考えました。
「どういうことだろう。ちょっと様子を見てみるか」
翌朝、ロバがいつものように干草を食べようと小屋に行くと、飼い主は昨日言ったことを実行していました。えさがどこにも見当たらないのです。ロバは考えました。
「どうやら飼い主は言ったことを実行したようだ。それなら僕にも考えがある。すきっ腹を抱えたままでいるなんて、そんな馬鹿なことができるものか」
ロバはそう言うと、小屋を出て行きました。
仲間たちがこのロバを呼び止めました。
「どこに行くんだ? 迷子になるぞ」
怠け者のロバは言いました。
「こんな生活なら死んだ方がましだ。なぜ食べるために働かなければいけないんだ?」
ロバはそう言うと、村を後にして、野原の方へと小走りで去っていったのです。
怠け者のロバは野原にたどり着きました。そこには農民たちが植えつけた小麦の畑が広がっていました。畑に足を踏み入れたロバは、端からムシャムシャと小麦を食べ始めました。なにしろおなかが空いていましたから、小麦はたいへんなご馳走に思われました。ところが、夢中で小麦を食べていたロバは、突然クビを強く叩かれました。振り返ると、その畑の持ち主が怖い顔をして仁王立ちになっています。畑の持ち主は言いました。
「こら!人の畑に入るとは何事か!お前の飼い主は何をやっているのだ?」
怠け者のロバは知らんぷりをして、なおも食べ続けました。畑の持ち主は、今度はさらに強く、ロバの頭をたたきました。ロバは、これはたまらないとばかりに逃げ出しました。しかし畑の持ち主は、ロバが二度と畑に入って来ないよう、逃げるロバを追いかけて叩き続けました。
そのときです。怠け者のロバを探しに来ていた飼い主が声を上げました。
「何をしているんだ!人のロバを殺すつもりか?」
畑の持ち主は言いました。
「冗談じゃない。ロバがひとの小麦を食べなければ、叩かれることもない」
ロバの持ち主は、手綱を握りしめて言いました。
「口のきけないロバに何てことをするんだ。かわいそうに、血だらけじゃないか。もしこのロバが死んだら、私がどれだけ損をするか分かっているのか?」
畑の持ち主は言いました。
「他人様の小麦を食べないよう、お前が自分のロバをしっかり見はっていないからいけないんだ。いったい誰が私の損失を支払ってくれるというんだ!」
二人のやり取りを聞いていたロバは考えました。
「どうやら飼い主は、僕のことよりも、自分の損失を第一に心配している。よし、それなら僕にも考えがある」
ロバは飼い主に連れられて小屋に戻ってきました。飼い主は一握りの干草を彼の前に置いて言いました。
「さあ、食べるんだ。お前がこれを食べている間に、私はお前をどうするか考えることにする。まじめなロバにならなければ、腹いっぱい干草は食えないぞ」
仲間のロバたちは彼に同情して、少しずつ干草を分けてくれました。しかし、それっぽちの干草では、ロバのすきっ腹を満たすことはできませんでした。
翌日、ロバは再び、小屋を抜け出して野原にやって来ました。しかし今度は、腹を満たすためではありません。彼は叩かれて、飼い主に損をさせてやろうと、わざと畑にやって来たのです。ロバは堂々と、何人もの農夫が働いている畑へ分け入っていくと、新鮮な小麦をムシャムシャと食べ始めました。ロバに気が付いた農夫たちは、大慌てで、ロバを畑から追い出そうとしました。ところがロバは頑として小麦を食べるのを止めません。とうとうロバは袋叩きにされて気を失ってしまいました。
意識を取り戻したとき、ロバは自分の小屋にいました。仲間たちが集まってきて、彼の様子を心配そうに見ていました。怠け者のロバは尋ねました。
「いったい僕はどうしたんだろう?」
仲間の一頭が言いました。
「君は、人間たちに袋叩きにされたんだ。」
怠け者のロバは尋ねました。
「飼い主はどうしていた?」
別のロバが答えました。
「彼はものすごく憤慨していたよ。もしこのロバが死んだら、大変なことになる!と怒っていた」
怠け者のロバは満足そうに笑って言いました。
「それなら殴られてよかった。明日もあそこに行くことにしよう」
そのとき、黒いロバが彼の言葉を遮って諭すように言いました。
「それは間違っている。怠けてばかりいないで働けば、えさももらえるし、叩かれずに済むというのに」
怠け者のロバはこう言い返しました。
「もし、その忠告を聞かなければどうだろう?」
黒いロバの答はこうでした。
「そのときは、愚かなロバになるだけだ。君は、みんなからこう呼ばれるだろう。『飼い主に損をさせるために叩かれる、あの愚かなロバ』って」
このときから、誰かに損害を与えるために、愚かにも自分を犠牲にする人のことを、こんな風に言うようになりました。
「飼い主に損をさせるために叩かれる、あのロバのようだ」