8月 08, 2018 20:50 Asia/Tokyo

音楽 今回は、イラン北西部の大都市タブリーズを含めた、アーザルバーイジャーン地方の音楽をご紹介してまいりましょう。

タブリーズの音楽は、トルコ系諸語の1つであるアーザリー語を話す人々の故郷とも言えるものであり、独自の美しさとオリジナリティを有しています。アーザリー語でアーシーグハー、直訳すると、愛を持つものたち、つまり吟遊詩人ともいうべき楽師による音楽は、アーザリーの人々の本質と融合しており、実際にアーザルバーイジャーン地方の音楽は、この吟遊詩人たちの中で発展し、存続してきたといっても過言ではありません。

アーザルバーイジャーン地方では、この種の音楽家の音楽は、一般の人々の音楽とされ、この地域の文化や口承文芸において高く位置づけられています。彼らは朗唱による芸術を生み出しました。こういった楽師は、アーザルバーイジャーンとその偉大な英雄たちについて朗誦し、表現し、祝祭や追悼の儀式でアーザルバーイジャーンの音楽に合わせて美しい歌を歌い、人々の注目を集めています。

この音楽の芸術は、イスラム伝来前からトルコ系民族の間に存在していました。テヘランにあるイラン考古学博物館や、フランス・パリのルーブル美術館には、エラム王朝の歴史のセクションに、紀元前2000年のものとされる、音楽の楽師の小さな彫像が展示されています。これらの彫像の楽師は、立ちながら胸に楽器を抱えています。このような音楽の楽師たちに類似したものは、現在ではトルコ系民族において見られます。

 

アーザルバーイジャーン地方の楽師・アーシーグは、人々の物語や英雄伝、苦しみを語り伝え、そして時には部族の中の長老や賢者の役割を演じ、アーザリー語を話す人々の間で特に神聖なる存在として敬愛されています。その敬愛ぶりは、この種の楽師が主役を務める数多くの物語の中に、明白に見て取れます。

 

 

 

楽師であるアーシーグは、ほかにもウザン、バフシーといった名前で知られています。世界的によく知られたアーザルバージャーン地方の偉大な音楽家としては、13世紀に活躍したサフィーオッディーン・オルマヴィー、そしてアブドルガーデル・マラーゲイーの2人が挙げられます。この2人の音楽家は、音楽理論の原則を打ち立てる上で、基本的な役割を果たしています。

トルコ系民族の間で、この種の音楽芸術が形成された歴史については、明白に断言する事はできませんが、何らかの形でトルコ系民族の暮らしと一体化しているであろうことが推測できます。

収集された資料の一部によれば、これらの楽師の芸術は、歴史的に発展していく中で、トルコ系諸民族の古い民間信仰と折衷し、その社会に調和した形で、最終的に歌や音楽、修辞学、集団舞踊などが融合した幅広い次元での芸術として形成されたと考えられています。

この種の芸術は長い歴史を経てきているものの、今なおイランをはじめ、トルコ共和国やアゼルバイジャン共和国という幅広い地域のトルコ系諸民族の間に息づいているとともに、中国、トルコ系以外の民族の一部にも広まっています。楽師であるアーシーグによる芸術は、ジョージア、アルメニアなどの諸民族の間にも見られます。

 

アーシ―グという芸術家は、最も完全なアーザルバーイジャーンの芸術家であるといえます。それは、彼らも独自の言語をもち、詩を吟じるとともに音楽を生み出し、旋律やリズムを創作するからです。

この種の芸術家たちは、芸術を生み出し、しかもそれらを実演する能力を兼ね備えているとともに、その一方で、常に愛を持っています。愛は、人間の最も偉大で精神性にあふれる芸術の名称になったとともに、世界の創造主により人間の本質にすえられているものです。このため、アーシーグと呼ばれる芸術家たちは、常に自分の活動を愛するともに、これを音楽という言語で表現します。

また、この種の芸術家たちは、楽器を奏で、詩を吟じます。アーシーグでありながら楽器を持たない場合は、完全な芸術家とはいえません。アーシーグたちは、これらの旋律や調べにおいて、愛や陶酔、困難、恋愛、欲求、信条を表現し、次の世代に伝承します。

もっとも、アーシーグによる音楽演奏は、広大なアーザルバーイジャーン地方の各地により違いがあり、たいていは楽団により実演されます。タブリーズやガラダーグをはじめとする東アーザルバーイジャーン州の一部の地域では、吹奏楽器のバーラバーンなどの楽器と共に演奏されます。また、西アーザルバーイジャーン州の一部の地域では、1人の楽師による独奏が好まれています。

アーザルバーイジャーン地方の音楽は、ダストガーと呼ばれるイラン古典音楽の音階体系に近く、一部の場合においてはほぼ一致していますが、この2つの音楽の演奏のあり方は、非常に大きく異なっています。アーザルバーイジャーン地方の音楽は、勇敢さや英雄的な感じに満ちていますが、イラン音楽は神秘主義的な雰囲気を持っています、勿論、アーザルバーイジャーン地方の音楽も、神秘主義的な雰囲気や悲壮感が漂っていますが、実際に聞いてみると、希望や躍動感が感じられ、非常にダイナミックであることがわかります。

 

 

 

アーシーグと呼ばれるアーザルバージャーンの地方音楽の楽師たちは、常に立った状態で、伝統的な独自の衣装を身に着けて演奏する事が多くなっています。また、時には聴衆を興奮させるため、演奏の最中に楽器を持ち上げたり、下に下ろしたり、または首の後ろに回したり、特に英雄的な曲を演奏する際には足を踏み鳴らすといった動作も行います。

 また、この種の音楽の演奏のもう1つの特徴として、演奏家たちが自分の声の高低(トーン)に注目して、楽器のチューニング(調弦)を行うことが挙げられます。すなわち、高い声を持つ楽師は、自分の楽器の音を高めに合わせ、低い声を持つ楽師は低めに調節します。

これら楽師たちが演奏する曲は、長いもの、中間のもの、短いものの3種類に大きく分けられます。この長い曲は低めの音であり、低い音域で演奏され、短い曲は高音域で演奏されるということです。熟練した楽師たちによれば、長い曲は、演奏者を疲れさせないものの、短い曲は、その特質からして奏でるのが困難であり、演奏者の疲労を招くということです。

 

 

アーザルバーイジャーン地方に見られる音楽芸術・アーシグに出てくる物語は、大きく2つに分けられます。そのうちの1つは英雄伝であり、サファヴィー朝の王イスマーイール(やキョルオウルという)英雄の物語などがこれにあたります。そしてもう1つは、抒情な物語であり、大衆文化では愛の物語として知られています。この種の物語には、「ターヘルとザフラー」などがあります。

英雄伝を吟じる場合には、演奏する楽師たちは歴史上の暴君や圧制者に対抗する自分たちの英雄の人物の戦いやその人物像、勇敢さなどについて吟じ、英雄たちの語った言葉から、自らの希望やこれまでに語られている国民の希望を、人々の運命と結びつけます。この種の物語は、恋愛と融合すると特に魅力が増すことから、より親近感あふれるものとなります。

 

 

一方、叙情的な物語は愛や優しさ、励まし、さすらい、陶酔、羨望といった要素にあふれており、演奏家が自由な連想を楽器と旋律により、聴衆にアピールし、聴衆を空想の世界へといざないます。これらの物語ににおいて、恋愛は聖なるものとみなされ、恋を実らせるには、死をも恐れることなく、命をかけて数多くの困難を乗り越えなければならないとされています。

過去においては、演奏家たちの間にはある古い伝統が存在しており、その伝統に沿って、ある種の競争が行われていました。この競争は多くの場合、何日にもわたり、楽師たちが互いに物語の朗吟や歌をめぐり争いました。そして、最終的にはより多くの歌詞や旋律を暗誦していた楽師が優勝し、多くの場合は、この競争に参加したほかのライバルたちの楽器を、賞品として獲得していたのです。現在では、こうした習慣は西アーザルバーイジャーン州では廃れていますが、トルコ共和国では今なお普通に見られます。

イランでは、東西両アーザルバーイジャーン州のいずれでも演奏する楽器はまったく同じですが、西アーザルバーイジャーン州、特にオルミーイェ近郊では、弦楽器の弦の本数が少なくなっています。また、イランのアーザルバージャーン地方全域、そして特にこの地域の人々の間では、現在でもこの種の音楽や、大衆的な歌謡、労働賛歌、この地方の口承文芸の一部、子守唄は広く演奏され、歌われているのです。

次回もどうぞ、お楽しみに。