ことわざ:「オオカミの布団職人だった」
昔々、人々は、布や羊毛を買ってきて職人に渡し、それで敷き布団や掛け布団を縫ってもらっていました。
昔々、人々は、布や羊毛を買ってきて職人に渡し、それで敷き布団や掛け布団を縫ってもらっていました。
イランでは、そうした布団職人をハッラージと呼んでいました。ハッラージは、皮ひもの付いた棒で羊毛をたたき、やわらかくして毛の塊をほぐし、それを布の袋に入れ、縫いあげていきました。ある日のこと。ハッラージは、隣村から、布団を縫ってくれという注文を受けました。彼は家族に別れを告げ、道具一揃いを持って、隣村へと出発しました。
すでに冬を迎えて寒さは厳しく、地面は雪で覆われていました。ハッラージはロバも馬も持っていなかったため、歩いて出発しました。彼はすでに、自分の村からは遠く離れたところまでやって来ていました。ところが運の悪いことに、腹を空かせたオオカミ一頭、彼の方へと近づいてくるではありませんか。身を守る術を持たなかったハッラージは、よじのぼれるような木はないかと、あたりを見回しました。しかし、あたりは見渡す限り雪ばかり、はるか彼方まで枯れ木一本、見当たりません。ハッラージはもうおしまいだと思いました。
「木の棒か何かを持っていたらよかった。そうしたらオオカミと闘うこともできたのに」
その時ハッラージは、ふと、布団作りに使う棒を思い出しました。最初はそれでオオカミと闘おうと思いましたが、それを両手でかわりばんこに握っているうちに、大して役に立たないことを悟りました。それに、仕事に使う大事な道具をオオカミとの戦いで失いたくはありません。
ハッラージは、布団を縫うときに使う皮ひもの付いた棒でオオカミと闘うという考えを忘れようとしましたが、オオカミは、あと数歩のところまで近づいています。ハッラージは反射的に、棒を上に振りかぶり、オオカミの頭に振り下ろそうとしました。そのとき手が棒についている皮ひもにひっかかって、大きな音がしました。突然のこの音にびっくりしたオオカミが数歩後ずさりしたのを見て、ハッラージは、オオカミが皮ひもの音を怖がっているのに気がつきました。そこで、すぐに地面に座ると、皮ひもを何度も打ち鳴らしました。オオカミは怯えて、さらに後ずさりしました。そこでハッラージは音を出すのを一旦やめました。
すると腹を空かせていたオオカミは、音がやむと、またハッラージに襲い掛かろうとしました。ハッラージは慌てて皮ひもを打ち鳴らしました。この戦いは、何時間も続きました。ハッラージが疲れ果て、皮ひもを鳴らすのを止めると、オオカミがじりじりと近づき、ハッラージが皮ひもの音を鳴らすと、オオカミはまた怯えて逃げるといった具合でした。ハッラージは、これ以外になす術がなかったので、音を鳴らし続けました。ついにオオカミの方が先に音を上げ、諦めて去っていきました。
ハッラージは、命が助かったことを神に感謝し、家へと戻りました。夫が手にいっぱい荷物を持って帰ってくると思っていた妻は、ハッラージに向かって言いました。
「おかえりなさい。お疲れ様でした。お仕事はどうでした?誰かのために布団を作ってきたのですか?」
ハッラージは答えました。
「あぁ作ったとも。何時間も、布団縫いに使う棒を振り回してきたとも。でも、報酬はもらえなかった。手ぶらで帰ってきたよ」
妻は驚いて尋ねました。
「どうしてですか?報酬をくれないなんて、いったい誰のために仕事をしてきたんですか?」
ハッラージは言いました。
「オオカミのために道具を使ったんだ。敷き布団も掛け布団も作らなかった」
そして、自分が経験したことを妻に話して聞かせると、命が助かったことを、二人して神に感謝を捧げたのでした。
このときから、辛抱強く努力しながらも、何の成果も報酬も得られない人のことを、こう言うようになりました。
「オオカミの布団職人だった」
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