イラン最高指導者「イスラエル首相の逮捕状では不十分、死刑判決が必須」
イラン・イスラム革命最高指導者のハーメネイー師が、同国独自の民兵組織バスィージのメンバーらとの面会で、「アメリカは地域での自らの権益を確保するために、各国に『専制と独裁』あるいは『混乱と無政府主義』を生み出そうとしている」と語りました。
【ParsTodayイラン】ハーメネイー師はバスィージに加盟している様々な階層の市民ら数千人との会合で、「バスィージという流派やその特有の思想の潮流は『神への信仰』と『自分を信じること』という2つの基盤に基づいている」とし、「この2つの秀でた特性は、世界的な覇権主義者の陰謀や政策に対する決定的な勝利の要因となるだろう」と述べました。
また、「バスィージという組織は本質的に文化的、社会的、軍事的ネットワークである」との見解を示すとともに、そのオリジナリティーやイラン的・歴史的アイデンティティーに根ざしたその永続性について言及し、「(学生らが)アメリカのスパイの巣窟(=在イラン旧米大使館)を占拠してから約3週間後、現在の我が国の建国者ホメイニー師は(1979年11月25日に)バスイージを結成し、かの大きな脅威を壮大なる機会へと転じさせ、我が国の社会的、文化的、軍事的な土壌にこの善なる苗木を植えた」としました。
ハーメネイー師は「覇権主義者のお決まりの政策は、諸国民の能力を否定し彼らを貶めることである」とし、「コーランの聖句によれば、エジプトの暴君ファラオは民衆を自らに従わせようと彼らを貶め屈辱を与えた。もっとも、当時のファラオは現代の欧米諸国の支配者よりは高貴だった。それは、今の欧米諸国は他国の諸国民を貶めて、彼らの利益や資源を略奪しているからである」と語りました。
また、民兵組織バスィージをこの国民的屈辱とは正反対のものだとし、特にガージャール朝と前パフラヴィー王朝時代のイランが貶められていたことを指摘し、次のように述べました。
「第一次世界大戦後、イラン代表団はパリ講和会議に出席することさえ許されなかった。しかし、1979年のイスラム革命は歴史のページをめくり、国家の威信を回復させた」
ハーメネイー師は、バスィージの役割の一例として、2000年代後半の20%ウラン濃縮問題においてアメリカの悪意ある陰謀が水泡に帰したことについて言及しました。そして、「イランが医薬品生産のために20%濃度のウランを切実に必要としている状況で、アメリカは当時の2人の有名な大統領の仲介によりウラン売却に合意したにもかかわらず、交渉の途中で不正行為に手を出した。しかし、殉教したシャフリヤーリー氏をはじめとするバスィージ所属の科学者らは、対米不信感の高まりの中で20%濃度のウランを生産し、イランを屈服させるために計画された陰謀は阻止された」と語りました。
その上で、「地域諸国に対する米国の策略を察知しこれに抵抗することこそ、政治分野でバスィージを強化するもう一つの要素である」とし、次のように述べました。
「地域での自らの権益を確保するためにアメリカが好む方法は、各国に『専制と独裁』または『混乱と無政府主義』を生み出すことである」
そして、パレスチナとレバノンの現在の問題にも言及し、「愚かな者たちは、民家や病院、群衆を爆撃することが勝利のしるしだなどと考えるべきではない。世界中の誰も、これを勝利だとは考えない」としました。
さらに、ガザとレバノンで敵がこれほどの戦争犯罪に手を染めていながら勝利を収めていないことを強調し、次のように述べました。
「シオニスト政権イスラエルのネタニヤフ首相に対して発行された逮捕状だけでは十分でなく、この人物とこれらの犯罪指導者に対して死刑判決が下されるべきである」
ハーメネイー師はまた、「ガザとレバノンでのシオニスト政権の犯罪により、抵抗運動は犯罪者の思惑とは逆にますます強まり激化する」とし、「どのような階層であれ情熱にあふれたパレスチナとレバノンの青年たちは、戦場にいるか否かに関係なく、砲撃と死の危険にさらされている時には戦って抵抗する以外に道は残されていない。このことから、犯罪者たる愚者どもは実際に自らの手で抵抗戦線を拡大しているに等しい」と語りました。
最後にハーメネイー師は、「抵抗戦線の拡大は不可逆的で確定的な必須事項である」とし、「抵抗戦線は今日でもすでに拡大しているが、将来はその数倍に拡大するだろう」と強調しました。