ドキュメンタリー・イラン(55)
ハートゥーン橋 イラン北東部ホラーサーン・ラザヴィー州(日本語のナレーション付)
今回のドキュメンタリー・イランでは、イラン北東部ホラーサーン・ラザヴィー州にあるハートゥーン橋をご紹介しましょう。
ハリール・ルード川と キャシャフ・ルード川の合流は、それ自体がイランとトルクメニスタンの合流を表しています。その合流は、ハリール・ルード川にかかるイランの橋です。
この古くからの橋は、その昔、イランが広大な地であった証です。
橋は、イラン様式の建築で、イランの建築家の手によって、この土地の人々の往来のため、石を積み上げて建設されました。現在も橋の修復はイラン人の手で行われていますが、橋は完全にイランの所有ではありません。石造りの ハートゥーン橋の歴史は、ティムール朝時代にまで遡ります。現地の人々によると、「ハートゥーン橋を建設したのは、ティムール朝のシャーフロフ王の妻でマシュハドのゴウハルシャード・モスクを建てたゴウハルシャードの姉妹であるハートゥーンだ」と言われていて、そのため彼女に因んでハートゥーン橋と命名されたということです。
ハートゥーン橋はモルタルを使って固めた岩の基礎の上に建てられており、これが今日まで崩れずに残っている秘密です。 橋の両側は防波堤で覆われています。 ハリール・ルード川に面した防波堤は、一方が三角形、もう一方は半円形になっています。
ハートゥーン橋のアーチの形と大きさはさまざまで、この橋が異なる時代に修復されたことを物語っています。
これらの修復で最も顕著なものは、カジャール朝のナーセロッディーン・シャーの時代のものです。最初の2つのアーチと最後の1つのアーチは、残りのアーチと比べて小さく、その形も先端がとがっています。その間にあるアーチは、開口部も広く、先端も丸くなっています。全体では5つのレンガのアーチが設けられ、ハリール・ルード川の水がそのアーチの中を通り抜けるようになっています。
ハートゥーン橋はほとんど勾配がないため、いくつかの岩溝は、橋の表面の水を排水する役割を担っています。 ハートゥーン橋は長さ105m、幅6m、水面からアーチの先までの高さは12mあります。 ハリール・ルード川はイランとトルクメニスタンの国境となっており、川の上には両国が共有するテントが張られています。両国の国境は、ハリールード川の中央となっています。
かつてイラン北東部マルヴ地方の人々の橋であったハートゥーン橋は、現在は国境上にあるため、そこを渡ることはできず、その姿も川の土手沿いの木々に隠されて見ることができません。イラン北東部ホラーサーン・ラザヴィー州 サラフス市から南65 kmにあるサドルアーバード村、そこにあるハートゥーン橋は、長い年月イラン国境を守ってきたのです。
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