麻薬カルテルに対する米大統領の軍事命令:課題とリスクは?
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麻薬カルテルに対するトランプ米大統領の軍事命令がはらむリスクとは?
ドナルド・トランプ米大統領が同国国防総省に対し、テロ組織に指定されている麻薬カルテルへの軍事力行使という選択肢を準備するよう指示しました。
米大統領が同国国防総省に対し麻薬カルテルへの軍事行使を命令したのは、2025年2月にメキシコの麻薬組織「シナロア・カルテル」や、ベネズエラの犯罪組織「トラン・デ・アラグア」などのカルテルがテロ組織に指定された後のことです。薬物危機、特に合成麻薬フェンタニルの蔓延は、ここ数十年で米国における最大の公衆衛生および国家安全保障上の課題の一つとなっています。CDC米国疾病対策センターによれば、2024年には米国で11万人以上が薬物の過剰服用で死亡しており、その実に70%以上が強力な合成オピオイドであるフェンタニルに関連したものとされています。これは、2015年に記録された約5万2000人の2倍以上に相当します。フェンタニルは主に、メキシコ西部沿岸シナロア州や中部ハリスコ州などの同国の麻薬カルテルによって製造・密売されており、アメリカ国境から流入し、国内の路上で流通しています。
さらに、米司法省傘下のDEA麻薬取締局2024年の報告書によれば、メキシコの麻薬カルテルは毎年450トン以上のフェンタニルを米国に密輸しており、その闇市場における取引額は数十億ドルに上ります。この危機は死者を出しただけでなく、莫大な経済的損失をももたらしました。
さらにNIH米国立衛生研究所 の推計によりますと、2023年における米国の薬物乱用関連のコストは医療費、犯罪、経済生産性の損失を含めて1.5兆ドルを超えると予想されています。
このような状況下で、トランプ米大統領はある秘密命令に署名し、海軍作戦や外国領土への攻撃を含む対カルテル軍事作戦の計画を同国国防総省に許可しました。
マルコ・ルビオ米国務長官はある談話で「この措置により、アメリカ政府は軍事力と諜報機関のツールを用いて、カルテルを単なる犯罪組織ではなく『武装テロ組織』として標的にできるようになる」と述べました。この命令は、トランプ政権がトラン・デ・アラグアやシナロア・カルテルを含む複数のカルテルを国際テロ組織に指定したことを受けて発令されたものです。
もっとも、この決定にはリスクと課題が伴います。その一例として、国内外で麻薬カルテルと戦うために米軍人を使用することが挙げられます。法律では、国内での作戦での米軍使用は禁止されており、さらに国外での作戦には議会の承認または明確な法的正当性が必要です。国際危機グループの専門家であるブライアン・フィンケン(Bryan Finken)氏は、このような行動は国内法および国際法に抵触し、違法な殺害などの罪に問われる可能性があると述べています。
さらに、この行動は他国との外交的緊張を激化させる可能性もあります。作戦の主要標的の一つであるメキシコは、自国領土における米軍の駐留に強く反対しており、シェインバウム・メキシコ大統領は、米軍のいかなる「侵攻」もメキシコの主権侵害に当たると公言しています。つまり、この動きは米国の主要貿易相手国であるメキシコとの外交的緊張をさらに助長するリスクがあるのです。
一方で、過去の経験からは、麻薬カルテルに対する軍事作戦が必ずしも麻薬密売の減少につながるわけではないことが示唆されています。米ワシントンDCに本部を置くケイトー研究所のブランダン・バック(Brandan P. Buck)研究員によれば、コロンビアとメキシコで過去に行われた同様の対策は麻薬流入を阻止できず、逆に暴力と情勢不安の増大という皮肉な結果をまねきました。軍事攻撃は、メキシコやベネズエラにいる米国人への暴力を含めた、カルテルからの報復反応につながる可能性もあります。
最後に、米国の軍事力行使は、標的とする国における民間人の犠牲や情勢不安をまねく可能性があります。例えば、メキシコでの軍事紛争は、地元住民の避難や米国国境への移民の増加を引き起こし、その結果としてトランプ大統領の厳格な移民政策と衝突することが考えられます。
トランプ大統領が米国防総省に発した命令の目的は、米軍を動員しての麻薬カルテルとの闘争、フェンタニル密売の封じ込め、そして米国の国家安全保障の維持であると明言されていますが、歴史的な証拠からは軍事的アプローチだけでは麻薬危機を解決できないことが証明されています。つまり、この分野での成功には国際協力、法執行の強化、そして依存症の予防と治療への投資が必要であり、しかもこれらはすべて、最も危険な薬物の一部の世界最大の消費国として知られる国において求められているのです。