嫌悪感だけをもたらした、英ウィリアム王子夫妻のカリブ海訪問
イギリスのウィリアム王子の中米カリブ海地域訪問が、訪問先の地元民の間で反英王室感情や、イギリスの支配からの完全な独立要求を招く事態となりました。
IRIB通信によりますと、ウィリアム王子とキャサリン妃は今月20日から、英王室70周年記念祝祭の開催および、王室の人気を高める目的でカリブ海諸国公式訪問していました。
ところが、最初に予定されていた訪問地の地元民が抗議運動を起こしたことにより、王子夫妻は一部の予定の変更を余儀なくされた上、訪問中に何度もイギリスによる奴隷制に対する遺憾の意を表明せざるを得なくなりました。
ウィリアム王子はまた、カリブ海での反植民地支配および独立・共和制志向が高まっていることを認め、さらに一部のリーク情報によりますと、自らの演説内容の一部変更を余儀なくされました。
さらに、ベリーズ、ジャマイカ、バハマといったカリブ海諸国への災難つづきの訪問の後、自らが英連邦地域または同国の国王としてエリザベス女王の後を引き継がない可能性があることを認めました。
この発言は、70年間この地域を支配してきたエリザベス女王の感情を逆なでした可能性があります。
もっとも、ウィリアム王子は奴隷貿易への王室の関与についての謝罪要求に対しては返答を避けました。
英国の法律の下では奴隷貿易は完全に合法であり、奴隷貿易の許可は王室制度によって発行されてきました。英王室は17世紀と18世紀には5万人の奴隷を収容できる200隻の船を所有し、世界における奴隷貿易をリードしていました。
奴隷の買い付け商人らはアフリカから人々を誘拐し、手錠をかけ、船でカリブ海に連れて行き、これらの人々をサトウキビ畑を含む奴隷所有者と奴隷購入者のために農場で働かせました。
英国国立公文書館によりますと、1807年までにイギリスは300万人以上を連行してアフリカから他の地域に船で輸送しましたが、そのうち約30万人が長距離航海で死亡し、残りを奴隷として売りさばいたとされています。

