アメリカ国務省によるイランでの人権侵害の主張(5)
https://parstoday.ir/ja/radio/iran-i13036-アメリカ国務省によるイランでの人権侵害の主張_5
最近、ジカ熱ウイルスの蔓延が、アメリカの生物兵器戦争プロジェクトに関する研究に起因しているという報告が発表されました。
(last modified 2025-10-27T01:35:03+00:00 )
7月 21, 2016 16:58 Asia/Tokyo
  • アメリカ国務省によるイランでの人権侵害の主張(5)

最近、ジカ熱ウイルスの蔓延が、アメリカの生物兵器戦争プロジェクトに関する研究に起因しているという報告が発表されました。

ジカ熱は、妊婦が感染すると、小頭症という胎児の病気につながる可能性があります。ジカ熱は、デング熱や黄熱、ウエストナイル熱、日本脳炎などと同じように、蚊を媒介とする感染症です。

 

WHO世界保健機関の報告によれば、ブラジルだけで、少なくとも400万人がジカ熱に感染する可能性があるということです。ジカ熱は急速に世界中に広まっています。これまでのところ、治療薬はなく、ワクチンも開発されていません。

 

ジカウイルスがどこから発生したのか、そしてどのように広まったのか、それは多くの研究者にとっての疑問となっています。

 

ジカウイルス感染症は、アフリカで流行しましたが、症状は比較的、軽いものでした。研究者らは、媒介となる蚊の生物学的、遺伝学的な変化が、この病気の発生と蔓延を引き起こしたと考えています。これまでの経験からも分かるように、この病気の蔓延が意図的なものであった可能性も否定できません。

 

少し前、ある研究所が、ジカ熱を環境戦争とし、その責任はアメリカにあるとしました。この研究所の報告の一部では、「アメリカの実業家、ビルゲイツが出資しているイギリスの会社が、遺伝子を組み替えた蚊を開発したことが、この病気の蔓延を引き起こした」とされています。ロイター通信によれば、ビルゲイツは、2015年8月、イギリスのバイオテクノロジー企業、「オキシテック」を、1億6000万ドルでオックスフォード大学から買収し、これを実験所としました。

 

このような憶測は、実際、生物兵器による戦争に端を発したものであり、細菌戦争とも呼ばれています。このような人道に反する行為は、病気のもとになる細菌やウイルスを武器にする戦争と見なされています。

 

 

ここ数十年、数百年の歴史を振り返ってみると、アメリカは、生物兵器の開発国、使用国であったことが分かります。アメリカは、昔から、ウイルス性の病気の蔓延に関与してきました。報告によれば、アメリカの製薬会社は、中南米、アフリカ、一部のアジア諸国を、医薬品の開発のための実験所にしているということです。

 

アメリカの先住民も、この種の兵器の犠牲者です。アメリカ大陸がコロンブスによって「発見」され、他の大陸と関係を持つようになった後、多くの人が、この病気によって亡くなりました。イギリス軍は、少なくとも過去に1度、天然痘を生物兵器として使用しました。1763年に始まったポンティアック戦争で、イギリスは先住民に対し、天然痘のウイルスで汚染された毛布を贈りました。また、カリフォルニアの先住民は、毒を塗った樫の葉で包んだ花束を、スペインの住民に贈りました。

 

1763年、アメリカに移り住んだヨーロッパの人々は、天然痘ウイルスに汚染された毛布を先住民に配ることで、生物兵器による戦争の方法を利用しました。アメリカとイギリスは、1944年、あるいはそれ以前に、ドイツの6つの主要都市に対して、炭疽菌爆弾の使用を計画していました。また、1952年2月、アメリカは北朝鮮で細菌爆弾を使用しました。

 

フランスのニュースサイトは、湾岸戦争症候群について触れています。アメリカの退役軍人15万人が謎の病気に苦しみ、数万人が命を落としました。この病気とは正式に診断されず、治療を受けることができませんでした。なぜなら、この病気の原因が明らかにされてはならなかったからです。アメリカの2人の学者によって、これらの兵士の血液から、あるウイルスが発見されました。その発生源は、実際、兵士や収監者に対して、大規模な実験計画が実施されたことにありました。

 

アメリカ・メリーランドには、アメリカ軍の大規模な基地があり、そこは、第二次世界大戦から冷戦時代にかけて、アメリカの生物兵器の実験所になっていました。

 

 

発表された資料によれば、アメリカの製薬会社は、中南米、アフリカ、一部のアジア諸国を、医薬品の開発のための実験所にしています。1931年、ロックフェラー研究所の研究員であったコーネリアスローズ博士は、医療研究の中で、健康な数人の人間にがん細胞を注入しました。ローズ博士はその後も同じ実験を、アメリカの兵士や患者に対して繰り返しました。1932年にも、梅毒に関するタスキーギ実験では、グアテマラで、黒人男性200人に梅毒が注入されました。アメリカの研究者たちは、この数百人が梅毒にかかっていることを知っていたものの、彼らの治療を行わず、彼らは苦しみながら亡くなっていきました。この問題により、最終的に、アメリカのオバマ大統領は、この人道に反する措置ついて、グアテマラ政府に謝罪しました。

 

グアテマラの貧しい人々に対するアメリカの実験は、マサチューセッツ州ウェルズリー大学の教授によって明らかにされ、オバマ大統領はグアテマラの当時の大統領への謝罪を余儀なくされました。アメリカのクリントン国務長官とセベリウス保健福祉長官も、共同声明を発表し、「1946年から48年の間にグアテマラの人々に対して行われた実験は、道徳に反し、非難されるべきものだ」としました。

 

これは、ウェルズリー大学のレバビー教授が、アメリカ保健福祉省の医師が、60年前にグアテマラで行った研究の詳細を発表したことを受けて行われたものです。レバビー教授の研究論文では、グアテマラで、精神病患者や収監者に対して行われた研究と、アメリカ・アラバマ州の黒人に対して行われた同様の実験が比較されています。この教授は、ジョン・ケトラー博士とその同僚たちは、1946年から48年の間に、少なくとも696人のグアテマラ人に対して、このような実験を行いました。彼らは実験の内容を全く知らされていない中、まず、性感染症などに感染させられ、その後、ペニシリンが投与されました。

 

このような恐ろしい事実は、アメリカが、昔から、人権擁護を主張する一方で、人道に反する犯罪によって、ウイルス性の病気を蔓延させてきたことを物語っています。この種の兵器の国際レベルでの使用は、1925年のジュネーブ議定書によって禁止されました。また、1972年には、生物兵器禁止条約によって、生物兵器および毒素兵器の開発、生産、貯蔵が禁止されました。