歴史の一頁;1979年1月24日
1月 23, 2019 21:35 Asia/Tokyo
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パフラヴィー政権のバフティヤール首相
1979年1月24日・イラン暦バフマン月4日の出来事を振り返ってみましょう。
当時、イランイスラム革命の創始者ホメイニー師が、近くフランス・パリからイランに帰国するとのニュースが発表された後、パフラヴィー政権のバフティヤール首相は、イラン国内の各空港の閉鎖を命じるという、非常に拙速な行動に出ました。
バフティヤール首相は、ホメイニー師がイランに帰還すれば、もはや自分がイランの状況を制御できなくなることを知っていました。このため、彼はホメイニー師の帰国を阻もうとしましたが、この行動は、ホメイニー師の帰国を待ちわびていた国民の強い怒りを買いました。
また、パフラヴィー政権と戦う一部の著名人が空港の閉鎖に抗議し、テヘラン大学のモスクに立てこもりました。国民も抗議行進を行い反政府スローガンを叫び、空港の再開を求めました。
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