ダシュティ旋法・アフシャーリー旋法
イラン音楽の旋法体系、ダシュティ旋法とアフシャーリー旋法をまとめて紹介することにしましょう。
今回紹介するダシュティ旋法も、アフシャーリー旋法も、前々回にお話したイラン最大の音楽体系、シュール旋法の派生系の旋法と定義されています。しかし、そのいずれも、シュール旋法の持つ雰囲気とは、はっきりと異なっています。
ダシュティ旋法は、シュール旋法に比べて、大変キャッチーです。このため、ダシュティ旋法の規範曲は少ないながらも、この旋法体系の作品はシュール旋法に比べて、非常にポピュラーです。ダシュティ旋法の作品の人気の高さについて、歌謡曲に詳しいナーデル・サッファーリー氏は次のように語っています。
「ダシュティ旋法の作品が多いのは、その構造がシンプルなことによる。それはイランの子守唄のほとんどが、ダシュティ旋法によって作られていることからも伺える。」
ダシュティ旋法の音階をの一例を挙げると、ソ、4分の1音低いラの微分音、シフラット、ド、レ、ミフラット、ファです。ダシュティで重要なのは、この音階の場合、レが絶えず4分の1音低くなって微分音となったり、また元に戻ったりする点です。
ダシュティ旋法は、オリジナルともいえるシュール旋法の中心となる音の5度上が強調されます。つまり、シュール旋法がソを中心とする場合、ダシュティ旋法ではレが強調されるのです。ただし、各曲の最後には、フォルードという、音が下降するフレーズが含まれ、シュール旋法の中心音に戻る動きが見られます。
ダシュティ旋法は、イランの地方音楽と密接な関係を持っており、特にイラン北部・カスピ海沿岸の地方音楽に多くみられます。
そして、もうひとつのアフシャーリー旋法も、シュール旋法の派生系として重要な位置づけにあります。
アフシャーリー旋法も、シュール旋法の派生系とされているものの、シュール旋法とは際立って違う雰囲気を出しています。先ほど紹介したダシュティ旋法と同じく、こちらも体系を構成する曲の数は非常に少なく、イラン音楽の重要な規範集、ミールザー・アブドッラーのラディーフでも、4曲しか収められていません。この規範をすべて演奏しても、7分にも満たない分量となるでしょう。にもかかわらず、イラン音楽の作曲作品の中で、アフシャーリー旋法は欠かすことのできない重要な体系とされています。なお、20世紀に活躍したタール奏者のアリーナギー・ヴァズィーリー、あるいは作曲家のルーホッラー・ハーレギーといった巨匠は、アフシャーリー旋法はシュール旋法とは独立した別の体系だとしています。
アフシャーリー旋法の音階の一例を挙げると、ソを曲の中心となる強調すべき中心の音とすると、ド、レ、4分の1音低いミの微分音、ファ、ソ、4分の1音低いラの微分音、シフラット、ドとなります。この中で、4分の1音低いラの微分音は、低い音から上昇するとナチュラルのラに変わり、高い音から下降すると微分音に変わる傾向があります。
アフシャーリー旋法それ自体は、ダシュティ旋法と同じく、ほかの旋法体系と比べて変化や展開は少ないといえるでしょう。ただし、体系の中に、シュール旋法と共通のロハーブと呼ばれる曲を含んでいます。ここではシュール旋法の雰囲気が伺え、アフシャーリー旋法からこの曲でシュール旋法に移行することができます。