海洋における人工島の建設
海洋における人工島の建設が自然環境に及ぼす悪影響について考えます。
今回は、現在海洋環境の健全性を脅かしている、人工島の建設についてお話することにいたしましょう。
人工島は、人間が建設した施設であり、その周辺は水に囲まれ、波の高さが最高に達した場合よりも海抜高度が高くなっています。また、地理的に特別な場所に、そして長期間あるいは無期限に、或いは特定の時期に海域での様々な活動に基づいて建設されます。国連海洋法条約によれば、全ての国は自国の領海内に、人工島や国際法上認められたそのほかの施設を建設する権利があります。しかし、この条約の60条では、人工島の建設により自然環境に変化が生じた場合には、他国の自然環境が考慮されるべきであり、大陸の沿岸に位置する国々の権利が侵害されてはならない、となっています。
過去40年間、特に建物の建設のための土地の不足に悩む国をはじめとし、多くの国々は海上でのこうしたプロジェクトにはそれほど注目してきませんでした。1975年の沖縄海洋博覧会(ネットでは沖縄になってます)では、巨大な海上都市が公開されています。このプロジェクトは、アクアポリスと命名され、水面下の4つの基礎部分を有し、総面積が1ヘクタール、高さが1000メートルに上る鋼でできた建物が構想として挙げられていました。現在、こうした人工島にはオーストリアのドナウ島、カナダ・モントリオールのノートルダム島、デンマークのペベルホルム島、香港などがあり、また近年ではペルシャ湾岸諸国にも見られます。
多くの国における人工島の建設は、空港や港湾、高速道路といったインフラの開発や、旧来から存在する地区の再建、観光・宿泊のための新たなスペースの設置を目的に行われています。しかし、自然環境の専門家は、こうした海洋施設の建設が、ペルシャ湾での事例に見られるように、海洋エコシステムに非常に深刻な弊害をもたらすと考えています。
ペルシャ湾は、ホルモズ海峡を湾口としてインド洋につながっています。その総面積は23万平方キロメートルにも及び、熱帯乾燥地域に位置しています。夏になると、この湾の水温は摂氏37℃に達し、水温の上昇により蒸発の度合いも上がります。
これほど厳しい気候条件や立地条件を抱えているにもかかわらず、ペルシャ湾には多種多様な生物が生息しています。その内訳は、魚類が500種類、エビが15種類、希少なウミガメが5種類、サンゴや海藻類、マングローブなどをあわせた600種類以上に及びます。ペルシャ湾は、こうした生物の多様性により、世界でも類を見ない地域の1つとされています。
一方で、ペルシャ湾は豊かな石油や天然ガスが埋蔵されている地域でもあります。このため、年間2万5000隻ものタンカーが往来することから、この地域の自然環境に甚大な被害が及んでいます。こうした中、近年ペルシャ湾岸諸国が自然環境に関して懸念をつのらせているのは、これらの国の一部による人工島の建設です。宅地化や観光化を目的とするこうした人工島の建設は、ペルシャ湾のエコシステムをさらに圧迫し、この地域の自然環境を悪化させています。
ペルシャ湾における人工島の建設プロジェクトはいずれも、自然環境の面で多大な影響を及ぼしうるものです。しかし、中でもアラブ首長国連邦の沿岸地域での人工島の建設は、そのプロジェクトの実施の規模から見て、自然環境に多大な結果をもたらしています。
アラブ首長国連邦は、2001年から本格的にペルシャ湾での人工島の建設を開始しました。同国の政府は、ペルシャ湾に325の人工島を建設する計画を立てていました。しかし、最初の人工島の建設作業の終了と同時に、悲劇の深さが明らかになりました。このプロジェクトの実行担当者によると、このプロジェクトのために1兆5000億立方メートル以上の砂利と、870億トンもの石が運搬され、作業が完了するためにさらに10億トンの石が持ち込まれたということです。専門家によれば、人工島の建設作業の第1段階で、さんご礁や沿岸部のウミガメの生息地が失われ、透明な海と泥に覆われた土地だけが残ったとされています。その理由は、さんご礁が水をろ過する天然のフィルターの役割を果たしていますが、沿岸部の大規模なさんご礁が失われた結果、この天然フィルターが減少し、ペルシャ湾の水質汚染の状態が、より長期化するためです。
自然環境の分野を専門とする、イランの大学教授ジャミーレ・ザーレ教授は、ペルシャ湾における人工島の建設が自然環境の及ぼす影響について、次のように述べています。「ペルシャ湾の平均の水深は35メートルで、その水は3年から5年間維持される。人工島の建設により、汚染した海水が残存する期間が長期化する。いわば、天然のフィルターともいえるさんご礁が失われたことにより、ペルシャ湾では水質汚染が悪化している」
ペルシャ湾の海岸線全体のうち、イランは1280キロという最も長い部分を領有していますが、これまでにペルシャ湾に人工島を建設したことはありません。こうした中、最も多くのさんご礁を有するアラブ首長国連邦などの一部の国は、人工島の建設によりこの地域のさんご礁を消失させています。さんご礁の消失による弊害は、イランをはじめとするそのほかの湾岸諸国にも影響を及ぼしています。
しかし、アラブ首長国連邦の人工島の建設に対して批判が持ち上がった際の、同国の責任者の反応は一考を要するものです。アラブ首長国連邦の第1次人工島建設計画の1つであるプロジェクトの責任者は、自然環境保護団体からの抗議に対して、次のように述べています。「プロジェクトの実行担当者は、エコシステムに被害を与えておらず、この海域のさんご礁の多くは、それより前に死滅していた。この作業により生じた泥や沈殿物も、最終的には収まり、水も透明になると思われる」 しかし、その一方で、世界自然保護基金の関係者の1人、フレデリック・ローネイ氏はこの人工島の建設に対する反応として、2005年の報告書の中で次のように述べています。
「この人工島の建設は、特に最初の人工島を建設した場所において、ドバイの自然環境保護にとってきわめて有害であった。ここで発生した出来事は、非常に恥ずべきものである。なぜなら、本来そこは非常に自然の豊かな場所であり、しばらくは自然環境の保護や回復の可能性があったからだ。それが実現されるに十分な天然の資本が残っていたが、その機会は失われ、現在となっては我々は、破壊された自然の修復や収束について話し合うことしかできない」
ローネイ氏は、さらにその後の報告においても、次のように述べています。「残念ながら、アラブ首長国連邦の政府関係者は、このプロジェクトによる破壊的な結果を、十分に検討しきれていなかった」
注目すべきことは、アラブ首長国連邦が人工島を建設したことにより、ほかの国も触発され、ペルシャ湾岸の数カ国までもが人工島を建設したことです。例えば、バーレーンはリゾート施設が入るアムワージ島とドゥラット・アルバーレーン島(確認済み)などの開発を進めています。また、アラブ首長国連邦の首長国の1つであるシャールジャ首長国は、ノジューム島を建設すると表明しており、ラアス・アル・ハイマ首長国もソライヤー島を建設中です。さらに、カタールも3万人が居住できる人工島・パール・カタールの建設を開発計画に組み入れています。
専門家の見解では、これらの人工島の建設計画がこのまま継続されれば、この10年以内に浅瀬の沿岸地域のすべてが、これらの人工島により陸地となり、沖合いも水深が浅くなってペルシャ湾の形態学が変化すると言われています。これにより、現在の海流は、ペルシャ湾やオマーン海の海水と沈殿物のバランスを保つ働きをしている、西から東に向かう自然の海流とは逆行し、その結果ペルシャ湾の汚染がそれほど容易には排除されなくなると見られています。一方で、人工島の建設は、海底や水生生物の生息地や産卵場所に被害を与えており、湾内の海水の循環経路を変化させて、自然環境に取り返しのつかない弊害をもたらしています。
特に昔から存在する海底をはじめとした、すべての地域の自然環境の構造の変化はいずれも、自然環境の破壊を伴い、動植物の生息の継続に取り返しのつかない弊害を与えることになります。こうした弊害はまさに、人工島の建設が進められる中で忘れられているポイントです。国際法で、各国が自国の主権の下にある地域に人工島を建設できるとされていることは確かですが、ペルシャ湾の自然環境保護は、この地域に関係するすべての国が考慮しなければならない問題であり、彼らは湾岸海洋環境保護機構の条約の実施という、自らの取り決めを守らなければなりません。
湾岸海洋環境保護機構条約は、1978年にアラブ首長国連邦をはじめとする、すべてのペルシャ湾岸諸国により調印され、ペルシャ湾が国際海域であり、すべての国がこの海域を尊重し、この海域に危害を加えるような一切の開発は、すべての近隣諸国のために禁止される」と強調しています。また、1982年の国連海洋法条約でも、人工島の建設の条件として、自然環境や、海洋環境に存在する生物や無生物の存在に危害を加えないことが明記されています。それは、この条約の第235条により、各国の政府が海洋環境の保護に関する責任を負っており、この責務を怠った場合には、確実に世界の自然環境にとって取り返しのつかない恐るべき結果が待ち受けているからなのです。