3月 17, 2016 00:30 Asia/Tokyo

イランはタハリールという歌唱法があります。これは、世界的にも知られており、驚くべき技術だといえるでしょう。

この技術に関して、イランの歌謡に詳しいナーデル・サッファーリー氏は、ある筋からこのように語っています。

「イスラム革命前に、寺山修司率いる劇団がイラン南部・シーラーズのペルセポリス芸術祭で上演を行った際、この芸術祭に巨匠モハンマド・レザー・シャジャリアーンが参加していた。シャジャリアーン氏のタハリールを聞いて驚いた、寺山修司の劇団の一人は、シャジャリアーン氏に、『どうやって歌っているのか、のどの中を見てみたいから、口を開けて見せて欲しい』と頼んだという。シャジャリアーン氏は、『私ののどとあなたののどに違いはありません』と語り、タハリールの原理について簡単に説明したという」

寺山修司の劇団、天井桟敷はペルセポリス芸術祭で、「阿呆船」、「ある家族の血の起源」などを上演しました。この際、劇団の一人が、タハリールの技術に興味を持ったということです。

タハリールは、ひばりやボルボルとよばれるヒヨドリ科の鳥の鳴き声にたとえられることが多く、その美声を再現するために作られたのが起源だ、と説明されることもしばしばです。

タハリールの基本について、ナーデル・サッファーリー氏は次のように語っています。

「声帯を震わせて、ハ、へ、ホの3つの発声で、それを音の中で組み合わせる。音の組み合わせやアレンジは、歌い手による」

このように説明するのは簡単ですが、非常に難しい技術であり、その習得には多くの時間を要すると言われたり、天与の才能によるところが大きい、などと言われています。また筆者の記憶が確かであれば、2004年に東京・立川市で行われた巨匠ホセイン・アリーザーデのグループによるワークショップでは、イ、という母音を含むタハリールは非常に難しい、という話がアリーザーデ氏から出て、その実演においても出演者が苦労するシーンもありました。

また、タハリールは、イランの各地方で、それぞれ少しづつ異なっています。たとえばイラン西部のコルデスターンでは、ヨーデルのような地声と裏声の切り替えがよく使われます。また、イラン北東部のトルキャマーン族は、それをさらに強くしたというべきタハリールを多用します。

また、このタハリール、これまでお話したイラン音楽の体系ごとで、その強弱が異なってきます。たとえば、戦争やお祭りの、激しく興奮した感情や場面を表すのに適すると言われる、チャハールガー旋法では、強調したようなタハリールが使われます。しかし、悲しみや比較的静かな感情を表すのにふさわしいとされるダシュティ旋法やバヤーテ・エスファハーン旋法では、タハリールは穏やかな、比較的弱いものとなることが多いといえるでしょう。

また、イランにはアーヴァーズという拍子のない歌が歌われます。この際、先にあげたタハリールとともに、大きなうねるようなこぶしによる歌唱法も使われます。歌手にとって、ここは大きな見せ場であり、詩の雰囲気を大切にしながら、技術を見せつつ、歌い上げます。ここで、アーヴァーズの一例として、往年の巨匠、バナーンのアーヴァーズをお聞きください。

それ以外にも、タスニーフという、特定の拍子を持った歌があります。これは、いわゆる我々が想像するような歌謡曲に当たり、アーヴァーズに比べれば簡単なように思われます。確かに、タスニーフのメロディそれ自体は一般の人々だけでなく、外国人も習得が可能だと思われますが、その中でも、タハリールの技術が頻繁に使われており、やはり歌手の技術の見せ場のひとつでもあるといえるでしょう。