4月 01, 2018 20:00 Asia/Tokyo
  • カラスとワシ
    カラスとワシ

「種が見えて、罠が見えなかったのか?」

昔々のことです。一羽のカラスが木の上に巣をかけて暮らしていました。

そして、ワシは高い山の頂上に巣を作っていました。カラスはワシのように飛ぶことを心から望んでいましたが、とうていその夢は叶いませんでした。そして、毎日巣の中からワシが空高く、あるいは遠い地平線の彼方まで悠々と飛ぶのを眺めていたのです。そして、ワシの方でも、毎日飛んでいるときに、自分をじっと見つめているカラスに気づいていました。

 

ある日、ワシはこんな風に考えました。

「カラスのところに行ってみて、私の飛ぶ姿をどう思っているのか聞いてみたいものだ」

そして、実際にカラスの巣を訪ねることにしたのです。カラスはワシの訪問を大歓迎しました。そして、ワシに向かってこう言いました。

「僕はいつもあなたが飛ぶ姿を見ています。とてもすばらしい飛行です。僕もあなたみたいに飛ぶことができたらいいのに!」

 

ワシはカラスの言葉を聞いて嬉しくなりました。ただ「あなたのように飛べたなら」というカラスの望みに対しては助言を与えることにしました。

「そんなこと考えない方がいい。私はワシで、あなたはカラスなんだ。カラスがワシのように飛ぶことなどできないのだから」

 

カラスは言いました。

「もちろん、あなたの言う通りでしょう。でも、若者が希望を抱いて悪いことなんかない筈です。僕はまだ若い。心は希望でいっぱいなんです。ところで、あなたは、あんなに高いところを飛んでいるとき、僕の巣やたくさんの樹木や大地はどんな風に見えるのですか?」

 

ワシは、家や木々は、空の上からはすごく小さくて、時々見えなくなることもあると言おうとしました。実際、そうだったのです。けれど、ワシの虚栄心がありのまま話すことを許しませんでした。ワシは、「実は空の上から全てを見ることはできない」という事実を、目を輝かせて自分の話に耳を傾けているカラスに明かしたくなかったのです。そこで、もったいぶって咳払いをすると、自信に満ちた様子でこう言いました。

「私は早く飛べるだけではない。目もいいんだ。例えば、高い高い空の上から、巣の中のスズメの卵だって見つけることができる。地面に落ちている豆粒ほどの小さな種も、はっきりと見つけることができるほどだ」              

 

カラスは、ワシの言葉をにわかには信じられませんでした。そこでワシに、今話したことを証明してもらおうと思い、こう尋ねたのです。

「なんて凄いんでしょう!それなら、遠くのあそこには何が見えるのですか?」

                       

ワシはカラスの指し示した方角をじっと見つめましたが、何も見えませんでした。それでも得意げにこう答えたのです。

「遠くのあそこに、いくつかの種が見える」。

 

カラスは何度も瞬きをしてその方角を見つめましたが、もちろん種なんか見えるはずがありません。そこでワシに向かってこうお願いしたのです。

「あなたの目があなたの翼と同じくらい強力なのを、僕に信じさせてください。もしあなたが本当のことを言っているのなら、その種のある所まで案内して下さい。私も全力で飛んで、あなたにすぐに追いつきますから」

 

ワシはカラスの頼みを聞き入れました。そして、翼を動かしながら、こう考えました。

「なんて物分りの悪いカラスなんだ!でもこの辺りなら、どこにだって種の一つや二つ落ちているだろう。それを彼に見せれば、さっき木の上から見た種だと信じるに違いない」

ワシはひとしきり飛んでから、種を見つけようと地面の方へと降りていきました。

                        

ワシは瞬く間にカラスのずっと先へと飛んでいってしまいました。カラスはワシに追いつこうと必死でした。一方、ワシは飛行を続けているうちに、いくつかの種を見つけました。そこで思わずこう呟きました。

「なんて運がいいんだろう!では、下に降りてカラスが追いつくのを待っているとしようか」

 

ワシは大きく翼を翻すと、種が落ちている場所をめがけて急降下しました。ところが、まだ地面に降り立たないうちに、猟師が仕掛けておいた網にかかってしまったのです。ワシは、必死にもがいて、なんとかしてこの網から脱出しなくては、と焦りました。しかし、もがけばもがくほど、網に羽がからまってますます身動きがとれなくなってしまいました。ワシは、早く猟師が来て、自分をここから連れ出してくれないかと思いました。見栄っ張りなワシは、罠にかかった自分の姿をカラスに一目だって見られたくなかったのです。けれど、猟師がやって来る気配はありません。猟師は朝早くに罠を仕掛け、獲物の様子を見に来るのは夕方になってからでした。

                       

猟師が仕掛けた罠にうっかりかかってしまったワシは、網から抜け出そうともがき続けていました。そうこうするうちに、カラスがワシに追いついたのです。カラスは、疲れた羽を休め、一息ついたところで、ワシが大変な目にあっていることに気が付きました。しかし、ワシは精一杯の見栄を張って、カラスに向かってこう言いました。

「ほら、そこに種があるだろう。私が言っていたのは、この種のことだ。私はあの木の上から、この種を見ることが出来たのだよ」

 

ワシの状況を一瞥したカラスは、既に全てを理解していました。そして笑いながらワシに向かって言いました。

「不思議ですね。あんなに遠くから、こんなに小さな種が見えたのに、こんなに大きな罠には気づかなかったなんて?!」

 

ワシは、そこで初めてカラスが賢いことを知り、カラスを見くびってはいけないと思いました。そこで、見栄を張るのはやめてこう頼んだのです。

「私を許してくれ。私は君に嘘をついた。罠から逃げられるように、助けてくれないか?」
 

カラスは答えました。

「いいですとも。ではネズミを探さなきゃ。もしネズミを首尾よく見つけることができたら、彼に網を食いちぎってもらって、あなたを罠から助け出すことができるでしょう。ただ、ネズミを見つけるまでに猟師が来なければいいんだけれど」

                           

このときから、見栄っ張りのために、根拠のない主張をして、その虚栄心のせいで困難に陥ってしまう人に対して、こう言うようになりました。

 

「種が見えて、罠が見えなかったのか?」