4月 04, 2018 18:06 Asia/Tokyo
  • 労働や努力することの重要性
    労働や努力することの重要性

前回は、生きるための技術として、労働や努力することの重要性についてお話しました。今回は、合法的に働いて収入を得ることについてお話ししましょう。

現代の世界の経済体制では、職業の選択や蓄財において自由であり、あらゆる方法により蓄財し、幸福を維持することが許されています。しかし、コーランの教えにおいて重視されていることは、労働や蓄財の方法が合法的であるかどうかということです。

 

働くことは、聖なる行為であり、シーア派初代イマーム・アリーの解釈によれば、何らかの仕事に就くことは、神に好まれる行いとされています。これについてさらに重要なポイントは、合法的な形で収入が得られる仕事をすることです。伝承においては、合法的な日々の糧を求めることは、宗教的な行為の1つであり、合法的な手段により家族の生活を維持するために働く人は、神の道にそって聖なる努力をする人と見なされます。この伝承はまた、合法的に労働し、蓄財することは困難ではあるものの、楽しいことでもあります。

もっとも、どのような仕事や行動にも、何らかの問題に直面します。こうした問題について認識することは、発展に向かう行動において必要であり、その重要性の度合いは行動の種類により異なります。例えば、本当に熟練した庭師であれば、植物の種子や水遣り、肥料や日光といった知識に加えて、植物に被害を与える可能性のある有害な要素についても熟知し、その対策についても計画しているはずです。

 

熟練した船長とは、船舶の操縦に必要な技術を持ち、航路を熟知していることに加えて、大波に対処するのに十分な能力も有している必要があります。同様に、よい形で収入を得る人物は、合法的な収入と違法な収入とを識別し、合法的な収入のみを求めます。また真のイスラム教徒の労働者であれば、どのようなプレッシャーや逆境に置かれようとも、正しい道から外れることなく、合法性が疑われる仕事に手を出すことなく、神に頼り、辛抱することで、打開策を探すはずです。

現代の世界の経済体制では、人間は正当な手段、あるいは他人の権利を無視し、倫理的な原則を踏みにじることで、後の社会的、政治な悪影響や来世での裁きなど考えることなく、高利貸しや賭博、買占めといった不当な方法により、幸福を実現し、蓄財することも許されています。しかし、そうした好ましくない方法ではインフレや新たな奴隷制、道徳的退廃といった問題が付随してきます。こうした社会では、生活は耐え難いほど困難なものになり、人間としての価値が踏みにじられてしまいます。

これに対し、イスラムの経済体制では、仕事の内容や蓄財の方法が合法的であることが何よりも重視され、コーランの教えにおいても強調されています。つまり、生活費を確保するために、他人の権利を侵害することなく、宗教上、禁止されていない方法で収入を得なければなりません。

コーランは常に人類に対し、自分と家族の安らぎや幸せのために、神の恩恵にあずかり、努力や活動によって貧困を回避するよう求めています。しかし、コーランは様々な形で、特に合法的な方法により日々の糧を得るよう強調しています。イスラムでは、合法的であることをハラールと呼び、これはイスラム法で禁止されていないことを意味するとともに、人間の健全な性質に合致したものとされています。これについて、コーラン第2章、アル・バガラ章、「雌牛」第168節では次のように述べられています。

 

 “人々よ、地上にある合法で清らかなものを食べなさい。悪魔の歩みに従ってはならない。悪魔はあなた方にとって明らかな敵である”

 

コーランの文化において、神は全ての創造物に合法的な糧を定めており、人間は満足することを知り、忍耐することで、相応しい糧の全てを得られるとされています。しかし、このことは誰も働くべきではない、ということを意味するのではなく、すべての人は合法的な収入源を持つべきだということです。それは、神が日々の糧を得る手段を与えているからです。これについて、コーラン第11章、フード章「フード」、第6節には次のように述べられています。

 “地上には、神から日々の糧を得ない生き物などいない。彼は、それらの一時的な場所も永遠の場所も知っておられる。全ては書物に明らかにされている”

清らかな糧を得るために努力することで、他人に頼る必要がなくなり、安らぎが得られるとともに、周りの人々に迷惑をかけずに済みます。さらに、合法的な糧を得るという原則を守ることで、日々の糧が増え、家庭や社会において人々のモラルが向上します。

 

「生きるための技術」は、IRIB国際放送ラジオ日本語よりお送りしています。今夜は、合法的に収入を得ることについてお話しています。

 

商業は、イスラムでも合法的に収入を得る方法として認められています。これについて、コーラン第2章、アル・バガラ章「雌牛」、第275節では次のように述べられています。エ;“神は、商売を許している”

 

神はコーランにおいて、自分の住む国の中、及び国外の商売の道を開いているとし、現在では最大の国際取引の方法にもなっている、海上交通という手段をも人間に授けたとしています。これについて、コーラン第35章、ファーテル章「創造者」、第12節には次のように述べられています。エ;“あなた方は、その中を船が海の水を切って進むのを見るであろう。それは、あなた方に神の恩恵を求めさせるためである。そして、必ずあなた方は感謝するであろう”

 

明らかに、このようなことには専門的な知識や技術、経験が必要になります。イスラム教徒の商人は、商売の方法や慣習に関する、宗教上の全ての戒律を熟知し、契約や決まりごと、各国の生産品の値段、各市場の特質を把握し、これらに関する十分な情報を持っていなければなりません。このことは、IT技術の革新が進む現代において、過去のどの時代よりも必要とされるものです。正しい経済的知識がない人は、誤った商売により自らや社会を危険に陥れることになります。このため、コーランは無知な人々の手に富が渡らないようにしており、第4章、アン・ニサーア章「婦人」、第5節において次のように述べています。

 

 

“神からあなたに保管を委託された財産を、無知な人々に渡してはならない”

 

経済活動や投資において成功するためには、優れた知性を持ち、事情に精通している人を取引相手に選ぶべきです。コーランでは、清らかな努力や労働にいそしむ人は、神の性質を帯びることになる、内なる光がその人の存在から出てくるとされています。それは、神が常に労働や栄誉に関わっているからです。このことから、働くこととは、恩恵や美しさであるとも言えます。それでは最後に、レバノン出身の詩人ハリール・ジブラーンの言葉をご紹介し、今夜の番組を締めくくることにいたしましょう。「愛を込めて仕事を行えば、自分自身と一体化し、他人と一体化し、ひいては神とも一体化することになる」

 

 

 

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