一文無しの男と薪売り
今夜のお話は、13世紀の神秘主義詩人モウラヴィーの代表作「精神的マスナヴィー」から「一文無しの男と薪売り」です。
昔々、ある町に、一文無しの貧しい男が暮らしていました。
この男は働こうとせず、いつも誰かから金を借り、店からは後払いで商品を受け取っていました。こうしてとうとう、男に金を貸していた人たちの堪忍袋の緒が切れました。町の判事にこの男を訴えたのです。判事は貧しい男を捕らえ、投獄しました。
ところが、この貧しい男は大食いでした。牢獄で出される食事では満腹する筈もありません。その結果、男は牢獄で、他の囚人たちの食事までも横取りするようになりました。こうしたことが常に繰り返され、他の囚人たちの堪忍袋の緒が切れました。判事に訴えたのです。判事は貧しい男を呼びだして取り調べ、他の囚人たちの話も調査した上で、彼らの訴えの正当性を認めるしかありませんでした。
判事が出した結論は、貧しい男を釈放することでした。しかし貧しい男は判事に言いました。「私は財産も仕事もありません。あなたのおかげで生きていられるのです」
判事は頭を抱えてしまいました。もしこの男を釈放すれば、男はまた同じことを繰り返すでしょう。そうすれば金を貸した人たちが男を訴えて、判事は男を投獄せざるを得ません。そして牢獄ではまたもや他の囚人たちの迷惑の種となる。そして囚人たちが男の所業を訴える・・・。堂々巡りです。そこで判事は別の方法を考えました。判事は男に向かって、ラクダに乗って、路地や市場を回るよう命じました。彼のことを町の人々に知ってもらい、この男が、貧しく何の財産も持っていないこと、だから、彼に後払いで商品を売ったり、金を貸したりしてはならないこと、もしそのことで訴えにきても、それを訴えとして取り上げないことを宣言しようとしたのです。
こうして、貧しい男は判事の使いと一緒に牢獄から外に出されました。判事の使いはさっそく、貧しい男に与えられた判決を実行に移すことにしました。まずは男を乗せるラクダを探さなくてはなりません。そのときです。薪を売り歩いている男がラクダを連れて彼らの前を通り過ぎました。判事の使いは、薪売りを呼び止めると、貧しい男をラクダの背に乗せました。そして、このまま路地や市場を回るように命じたのです。
気の毒なのは薪売りの男です。自分にはラクダが必要だといくら言っても、判事の使いは耳を貸してくれません。こうして一日中、貧しい男がラクダの背に乗って町を巡り、薪売りが、どれほどラクダを返してくれと頼んでも無駄でした。
判事の使いは、あちらこちらの店の前を通るたびに、貧しい男の行状を大声で知らせて回りました。
「よく聞きなさい。この男は一文無しである。だから彼に金を貸したり、後払いで物を売ったりしてはならない。彼にはそれを返す力がないので、後から訴えを起こしても無効である。我々はこの男を投獄しない。だから、この男のことをよく覚えておくように。そして彼と何の取り引きもしてはならない。くれぐれも、この男の言葉や約束を信じることのないように」
夜になりました。判事の使いは貧しい男にラクダから降りるよう命じました。そして、「家に帰ったら、今後は人々を困らせるようなことをしてはならない」ときつく言い聞かせたのです。判事の使いは重ねて言いました。
「これからはしっかりと働いて、自分の稼ぎで食べていくのだぞ」
貧しい男がラクダから降りると、薪売りの男は彼の胸倉をつかんで言いました。
「おい、お前が朝から晩まで私のラクダに乗っていたので、私は丸一日、商売にならなかった。今すぐ、ラクダに乗っていた分の代金を支払ってくれ。私は貧しい人間なんだ」
貧しい男は、この薪売りの言葉を聞くと、腹を抱えて笑い出しました。薪売りの男は驚いて尋ねました。
「どうして笑うのだ? 私の言ったことの何がおかしいんだ?」
貧しい男はなおも笑い続けて言いました。
「ああ、おかしくてたまらない。お前は、私が今日一日、何をやっていたと思っているんだ。朝から晩まで、判事の使いが何と叫んで歩き回っていたのか、お前は聞いていなかったのか?私は貧しく、一文無しだと言っていたではないか。なるほど、お前の虚しい強欲がお前の耳をふさいでいたのだろう。だから、彼の警告の声も耳に入らず、何が起きているのか理解することもできなかったのだ」