6月 03, 2018 16:37 Asia/Tokyo
  • 蛇                 
    蛇                 

今夜のお話は、13世紀のペルシャ詩人、サアディの代表作、「ブースターン・果樹園」から、「口のうまい男」のお話です。

昔々のこと。あるところに、誰にも情けをかけることのない、非常にけちな男が暮らしていました。

彼はいつも金を蓄えてはなるべく使わないようにして、他人を助けるということもありませんでした。そんな男にも、たった一つだけ良いところがありました。けれど、その良いところを正しく使うことをせず、誤った使い方をしていたのです。このけちな男の良いところとは口がうまいことでした。彼の話術にかかれば、巣の奥にいる蛇さえも出てきてしまうと言われるほどでした。そんな彼の口のうまさに、誰もが最初は騙されていました。しかし、このけちな男は、それをあまりに長く続けたため、とうとう彼の行状は皆に知られるところとなりました。もはや、彼の口のうまさに簡単に騙される者はいなくなってしまったのです。

 

そんなある日のこと、けちな男は、「さて、今度は誰を騙して金を手に入れようか」と考えていました。そして、その町に住む、評判の良い男のことを思い出しました。彼は善行に励み、寛容なことで知られており、昼も夜も人々を助けていました。けちな男は、この寛容な男になら彼の話を信じこませて騙すことができるだろうと考えたのです。

 

けちな男は、さっそく寛容な男の許を訪れ、彼の顔を見るなり、美辞麗句を並べて話しかけました。そして、このように訴えたのです。

「私は卑しい男から10デルハムを借りています。でも、そのせいで本当に苦しい目に合わされています。その男は、毎日私の家にやって来ては、金を返せと大声を上げるのです」

寛容な男は、けちな男の言葉を聞いたあと、少し考えてから答えました。

「分かりました。私が助けてあげましょう」 

                        

こうして、けちな男は寛容な男から金貨をまんまとせしめると、大げさに感謝の言葉を告げながら家を出ていきました。その一部始終を近所の人が見ていました。その近所の人は、けちな男のことを知っていました。それで、何が起こっているかに気付くと、すぐさま寛容な男の家を訪れ、彼にこう言いました。

「あなたは、あの口のうまい男のことを知らないのか。彼に金を渡しただなんて、まさか彼がどういう男か知らなかったのか? たとえ彼が死んでも涙を流す必要はないと言われているほどだ。ましてや、金をあげるなんてもってのほかだ。 彼はこの世で最も卑しい男で、この町で、彼に騙され、痛い目に会わなかった者はいない。どうして彼の言葉を信じてしまったんだ? 彼の言葉は全て嘘だ。それが彼という人間だ」

 

寛容な男は、その言葉に不機嫌になり、近所の人に反論しました。近所の人は驚いて言いました。

「何だって? まさか、彼の言うことを信じているんじゃないだろうな?」 

寛容な男はいつものように少し考えてから言いました。

「もし私の判断が正しく、彼が金を借りているのなら、実際、私は彼の名誉を守ったことになる」 

近所の男は怪訝な面持ちで言いました。

「彼は嘘つきだ。誰もがそれを知っている。それなのにあなたは、彼の言うことが本当だったら、彼の名誉を守ったことになるなどと言うのか?あんな男は面子も何も分かってやしない」 

寛容な男は言いました。

「そう、もしかしたら、あなたの言うことは正しいのかもしれない。でも私は、彼が間違いなく嘘を言っているとは確信できない。もし彼が本当のことを言っていたら、私は彼の名誉を守ったことになる。だが、彼が嘘をついていて、別の思惑があったとしても、私は不愉快になったりはしない。なぜなら、実際、自分の名誉を守ったことになるからだ」

 

近所の男はそこではたと考え込んでしまい、寛容な男の言葉に対して、言い返すべき言葉がなかったのです。寛容な男は確信したように、こう言いました。

 

「そう、もし彼が嘘を言っていたとしたら、私はたわごとを言う策略家の手から、自分の名誉を守ったことになる」