6月 04, 2018 16:10 Asia/Tokyo
  • 仕立て屋と若者 
    仕立て屋と若者 

昔々のこと。ある町に一人の仕立て屋がいました。

この仕立て屋は、人々が服を縫ってほしいと持ってくる布の一部を、いつもこっそりと盗んでいました。人々も、この仕立て屋が、布の一部を盗んでいるのを知っていましたが、誰もそれを証明することができませんでした。なぜなら彼はいつも客の前で、寸法を測って、布を裁つ時にそれを行っていたからです。ずるがしこいやり方で布の一部を盗んでいたため、誰も、彼がいつ、どうやって盗んでいるかを見極めることができませんでした。

 

人々は、この仕立て屋に仕事を頼みに行く度に、今度こそは盗みを働けないようにしてやる、と意気込んで行くのですが、結局騙されて帰ってくるのでした。仕立て屋は、自分のこの行為を、ある種、芸術的で見事なものだとうぬぼれていました。そしてそれを誇示するように、布を盗んで服を縫った後、その盗んだ布を客の前に見せびらかし、どれだけ芸術的なやり方で布を盗んだかを知らせてさえいたのです。

 

仕立て屋は、客の持ってきた布を盗むために、それぞれの客を違ったやり方で騙し、彼らの注意を逸らしては、事を行っていました。そうしたある日のこと。非常に賢い、トルコ人の金持ちの若者と友人たちが、チャイハーネでこの仕立て屋について話していた時のことです。金持ちの若者は、「僕なら、断じて仕立て屋に盗みを働かせるものか」と声を上げました。友人の一人が若者に言いました。

「じゃあ、賭けをしようじゃないか」

 

金持ちの若者は、美しいアラブ馬を一頭、持っていました。足の速さとその優雅さにかけては、この馬の右に出るものはいないと言われるほどでした。若者は言いました。

「僕のこの馬を賭けようじゃないか。参加したい者は、申し出るがいい。もし仕立て屋が布を盗むことができたら、僕の馬をその人にあげる。でももし盗むことができなかったら、僕の馬と同じような馬を僕にくれる、というのはどうだろう」

 

その言葉に、一人の貧しい若者が名乗り出ました。

「僕が参加する。でも金があるわけでも、素晴らしい馬を持っているわけでもない。もし君が勝ったら、僕は君が良いと言うまで、君のために働こうじゃないか」

 

金持ちの若者はこの条件を受け入れました。翌朝、この若者は服を縫ってもらおうと、くだんの仕立て屋を訪れました。既に、昨日の若者たちの話が耳に入っていた仕立て屋は、若者の登場に、心の中でこうつぶやきました。

「この騙されやすい未熟な若者め。既に、馬は失ったも同然だ。何が起こったか分からないほど、手痛い目にあわせてやる」

                        

仕立て屋は、金持ちの若者を満面の笑みで迎えました。若者は仕立て屋の一挙一動に眼を集中させ、しゅす織りの布を彼の前に広げて言いました。

「この布で、戦いの日のための、前開きの長いシャツを縫ってほしいのだが」。

 

仕立て屋は、この若者が面白おかしい話が好きなのを思い出していました。そこで、布をくるくると回し、寸法を測り、裁っていきながら、面白おかしい物語を話し始めたのです。仕立て屋はまずこう言いました。

「あなたが退屈しないように、作業をしながら、これまでここにやってきた客の話をして差し上げましょう。きっとお気に召すと思いますよ」

 

仕立て屋は言葉巧みに物語を始めました。金持ちの若者は、仕立て屋の話にすっかり引き込まれ、腹を抱えて笑いました。若者の小さくて細い目は、笑うともっと小さく、細くなりました。若者はあまりに笑いすぎて、その小さな細い目がとうとう閉じてしまいました。仕立て屋はまんまとその隙に布の一部を切り取って隠してしまったのです。

 

若者は、仕立て屋の話にすっかり味をしめ、別の話をしてくれないかと頼みました。仕立て屋は最初、少しもったいぶっていましたが、すぐに若者の頼みを聞き入れ、二つ目の面白おかしい物語を話し始めました。それを聞いた若者は、今度は笑いすぎてひっくり返ってしまいました。彼はすっかり笑い転げ、仕立て屋が彼の布を少しずつ盗んでいくのに全く気づきませんでした。仕立て屋はこうして、若者の上等な布を随分と盗むことに成功したのです。

 

若者は、さらに3つ目の物語を仕立て屋にせがみました。若者は、面白おかしい話が語られるたびに、自分がどれほどの対価を支払っているか、全く気づいていませんでした。仕立て屋は、残りの布を一瞥して、さすがにこう考えました。

「この哀れな若者は、私がどれだけ布を盗んだか気づいていない。でも、これ以上続けることは、さすがに神が許してくださらないだろう」

 

若者からもっと話をしてくれとせがまれた仕立て屋は言いました。

「お客様、これ以上はもう語れません。疲れてしまいました。これでもう、お話はおしまいです」

しかし若者は、それでも頼み込んできました。仕立て屋はあまりに執拗に頼まれたため、今度ははっきりと若者に説明しなければならなくなりました。そこで、若者に向かって言いました。

「もう十分だろう、愚かな若者よ!これ以上、面白おかしい話を聞きたかったら、あなたの服は本当にきつくなってしまうんだ。その意味が分かるだろう?」

 

金持ちの若者は、そこで初めて深い眠りから覚めたようになり、黙りこんでしまいました。そして今度は突然、大声で笑い始めました。仕立て屋はその笑いの理由を尋ねました。すると若者は言いました。

 

「今度はあなたの物語で笑っているんじゃないよ。自分自身に笑っているんだ。最初から、賭けに負けていたなんて。あなたの最初の話で、既に僕は馬を失っていた。そのことに、全く気づいていなかったなんて、なんて傑作なんだろう」