6月 13, 2018 00:37 Asia/Tokyo
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今回も引き続き、コーラン第67章アルムルク章大権についてお話しましょう。

慈悲深く、慈愛あまねき、神の御名において

 

アルムルク章はメッカで下され、全部で30節あります。この章では、神の大権、支配について語られています。

 

アルムルク章では、神の性質、天と星の創造の驚異的な秩序、大地の創造とその恩恵、鳥たちや小川、目や耳や知覚の創造、地獄の責め苦と最後の審判、責め苦の責任者と地獄の人々の会話、不信心者と圧制者への現世と来世での責め苦の警告といった事柄が述べられています。

 

神は、人類が自由に利用し、幸福へと向かうことができるよう、さまざまな教えや計画を提示しています。しかし、“自由な意志”という恩恵を与えられている人間は、時に、欲望、無知、あるいは利己主義から、このような導きの手段に背を向け、それらの正しさを否定します。ここで、コーランは、地獄の人々と神の使徒たちの会話を述べ、正しい道の選択において過ちを犯してはならないと人々に警告し、次のように述べています。

 

「いつでも、一団がそこに投げ込まれるたびに、地獄の見張り番が彼らに尋ねる。『あなた方には指導者がいなかったのか? 神の警告者があなた方のもとに現れなかったのか?』 彼らはそれにこう答える。『確かに、警告者が私たちのもとにやって来たが、私たちは彼を否定し、神は決して何も下しておらず、あなた方は大きな迷いの中にいると言った』」

 

コーラン第67章アルムルク章大権

 

アルムルク章の第10節を見てみましょう。

 

「私たち地獄の人間は、預言者たちを認めないだけでなく、彼らの生き生きとしたメッセージにも耳を傾けなかった。それどころか、そのような精神的な人物を迷った人々と呼び、追い払った。もし私たちが聞く耳を持っていたり、あるいは少しでも深く考えることがあったなら、地獄の人間とはならなかったであろう」

 

 

不信心者や偽善者たちは、神の預言者ムハンマドの陰口を言っていて、預言者は大天使ジブライールからそれを伝えられていました。彼らの一部は、互いに、「ムハンマドの神に聞かれないように、こっそりと話そう」と言っていました。そのようなとき、アルムルク章の第13節と14節が下りました。

 

「あなた方が言葉を隠しても、また明らかにしても[違いはない。]、神は胸のうちに隠されていることを知っておられる。さまざまな存在物を創造した存在が、その状態を知らないとでも言うのだろうか?神は[秘密を]知っておられる」

 

 

アルムルク章の第15節は、神の別の恩恵に触れ、次のように語っています。「彼こそは、あなた方のために大地を従順にされた。その周囲を歩き、神の日々の糧を食べなさい。[覚えておくがよい、]すべてが集まり、帰る場所は神である」

 

 

地球について、「従順な」という単語が使われているのは、地球が、数多くの非常に高速な動きにも拘わらず、非常におとなしく、まるで静止しているかのようであるためです。一部の学者によれば、地球には14種類のさまざまな動きがあり、そのうちの3つは、自転、公転、そして太陽系との調和の取れた動きです。この動きは非常に速いにもかかわらず、穏やかで静かであり、もし地球の動きに関する確かな論理が提示されていなかったら、誰も地球が動いているなどと考えていなかったでしょう。一方で、地球は、生活ができないほど荒々しくもなければ、沈み込んでしまうほどやわらかく脆いものでもありません。人間が生活する上で、完全に穏やかで従順なものとなっています。

 

また、地球から太陽までの距離は、すべてのものが焼かれてしまうほど近くもなければ、すべてのものが寒さで凍り付いてしまうほど遠くもありません。地球に対する空気圧は、人間の安らぎを確保するような割合であり、その重力も、骨が崩れてしまうほど強いものでもなければ、人間が空中に浮いてしまうほど、弱いものでもありません。概して、地球は、この節にあるように、その動きは、神によって人間の安らぎのために調節されています。

 

アルムルク章の第16節は、「もし神が望み、命じれば、そのような穏やかな大地が反逆する。地震が始まり、大地に亀裂が生じ、あなた方や家、町を飲み込む」と警告しています。第17節では、「必ず、地震がくるとは限らない。神はその命を強風に与えることもできる」とされています。

 

「あなた方は、天の神の責め苦を免れるなどと考えているのか? 神は砂の混ざった強い風をあなた方に送られる。そしてあなた方をその砂の山の下に埋められる」

 

しかし、導きの道を自らの手で閉ざし、真理の節を否定する反対者たちは、アルムルク章の第25節で、次のように嘲笑していました。「もし本当のことを言っているのなら、最後の審判の約束はいつ起こるのか?」

その次の節は、それに対してこのように答えています。「[預言者よ、]彼らに言え、『その知識は神のみのもとにある。私は明らかな警告者に過ぎない』」

 

アルムルク章の後半の節は、預言者に語りかけています。メッカの不信心者たちは、預言者とイスラム教徒たちに呪いをかけ、彼らの死を望んでいました。もし預言者ムハンマドがこの世を去ったら、その導きも消えてなくなると考えていたためです。アルムルク章の第28節は、預言者とその教友たちの死を望み、彼らの死によってすべてが終わると考えていた人々について、預言者に対し、次のように語っています。


「言え、『神が、私と、私と共にいる全ての人を滅ぼすか、あるいは慈悲をかけたら、誰が不信心者を痛ましい責め苦から守るのか、教えてほしい』」

 

そして、次の節では、このように強調しています。「彼は慈悲深い神である。我々は彼に信仰を寄せ、彼をより所としている。まもなく、誰が明らかな迷いの中にいるかを知ることになるだろう」