7月 09, 2018 19:50 Asia/Tokyo
  • アストロラーベ、古代の天体観測儀
    アストロラーベ、古代の天体観測儀

今回は、アストロラーベ、古代の天体観測儀についてお話しすることにいたしましょう。

イランの天文学は長い歴史を有しており、天文学者は常に高い地位を有していました。フェルドースィーの王書では、天文学の歴史は神話時代に遡り、この学問は多くが宮廷人のためのものだったとされています。世界的に有名なアケメネス朝時代の宮廷、ペルセポリスは、天文学と古代の暦法に基づいて、春の訪れなど、時節の出来事を尊重するために作られました。

ペルセポリス

 

イランの天文学的研究の適切な下地に加えて、イスラムの出現もまた、天文学の分野に大きな変化を生じさせました。聖典コーランの様々な節は、人間を宇宙とその驚異について考えるよう勧告しています。さらに様々な時節に行なわれる礼拝といった崇拝行為や一部の宗教的行為は天文学と強い結びつきを有しており、これにより、天文学はイラン人の中で多くの重要性を有するようになりました。こうして天文学はその習得に歴史的な経験と宗教的な動機を含む学問の一つとなり、この地域に多くの天文学者が育つようになりました。

イランの天文学は長い歴史を有しています。

 

それでは次にイランの伝統産業を検討、紹介する中で、イランに天文学を普及させた重要な金属工芸についてお話しすることにいたしましょう。天体観測用の機器、アストロラーベの製造は、金属の芸術的な側面だけを考慮するのでなく、天文学とその秘密を知ることも、このイランの芸術において第一の原則となっている産業です。天体観測儀の製造者はみな、天文学や数学の知識を習得することがこの職業に入る第一歩だと考えており、それを特別な、そして個人的、家族的な職業と見なしています。これは多くの職人がこの技術を自分に近い、家族にだけ教えるというほど重要なものとなっています。これは他の金属細工の職人には見られないものです。

アストロラーベ、古代の天体観測儀

 

古代の天体観測用の機器であるアストロラーベとは、どのようなものなのでしょうか?

 

アストロラーベは金属製の筒状の機器で、銅、真鍮、鉄、あるいは鋼で、非常に正確な形で、強固に作られていました。ペルシャ語ではかつて杯や世界を表す杯などと呼ばれていましたが、次第にアストロラーベと呼ばれるのが一般的になりました。

 

アストロラーベは金属製の二つ以上の円板から成る機器で、そのうち一つの円板の上には星の模様や角度などの情報が刻まれています。この円板のそれぞれが、板の中心の周りを回るようになっています。これにより、空の星の位置が毎日、毎時間ごとに見られるようになっています。

 

アストロラーベは、世界最古の科学的な道具であり、ギリシャ語で「天秤」を意味します。歴史的な資料が示しているように、紀元前300年頃にギリシャで作られ、天文学者によって使用されていました。こうした中、金属製のアストロラーベに似た陶器製の遺物がバーボルの遺跡から見つかっており、その上には幾つかの線と円、星の模様が見られます。

 

古代のアストロラーベの製造とその使用に関するイスラムの資料の中に記載されているものは伝説と融合しています。一部の資料には、この機器の発明は、ギリシャ神話のヘルメスの子供、預言者イドリースの子供が行ったとされており、その最初の製造者の名前はラーブとされています。しかしながら、イランの有名な数学者で天文学者のハーラズミーはこのような説を歴史的根拠に欠けるものだとしています。

 

イラン人はイスラム期の初期から天文学的な計算を行うためにアストロラーベを使用しており、自らもまた、その完成に努めました。こうして太陽と地球の距離、月と惑星の距離の他、1日の時間、山の高さや海の深さ、子午線、キブラ、夜と昼の時間、地球の広さや長さ、惑星の距離を測るのに使用されました。さらに、アストロラーベによって1年間の太陽の動きや春分点も明らかにされました。

 

ギリシャの古いアストロラーベは残されていませんが、イスラム教徒はこの道具を知った後に数千ものアストロラーベを製造しており、およそ800の作品が残されています。イランで、あるいはイラン人の職人によって作られたアストロラーベは、幾何学的な正確さや美しさにおいて、他で製造されたものに優っていました。その理由は、それがイランの天文学者自身の手で、あるいは彼らの監督のもとで作られたからでした。

最古のアストロラーベ

 

これまでに見つかっている最古のアストロラーベは984年、イスファハーンの二人の兄弟、アフマドとモハンマド・イブンイブラヒームによって作られたものです。このアストロラーベはその古さにもかかわらず、製造技術は優れたもので、イギリスのオックスフォードにある博物館に所蔵されています。

 

サファヴィー朝時代に、アストロラーベの使用は、出来事や事故を予想するのに使用されており、このため一部の天文学者や職人たちは、非常に美しいアストロラーベや天文学機器を生み出しました。この道具を製造し、装飾する上での正確な技術は、サファヴィー朝時代の金属工芸が繁栄し、この時代の作品に古い伝統と職人たちの技術が融合し、斬新な作品が作られていたことを示しています。サファヴィー朝時代の金属工芸の職人は、多くの場合、過去の作品の粗悪な形や組み合わせを、美しいものに置き換えていました。彼らはこの時代の芸術作品を装飾するために、唐草模様によって表面を覆い、制作者や注文者の名前をこの装飾の中に紛れ込ませ、その芸術的価値や重要性を増していました。

アストロラーベ

 

アストロラーベは幾つかの部分から成っています。またオストロラーベは最初、地球の形をしていましたが、イスラム世界では多くが平板式でした。アストロラーベの設計と製造には平面に三つの空間を描くことが必要でした。

 

最も新しく大きな、証明書付きのアストロラーベは、マシュハドのフェルドースィー大学の歴史学の教授、故ナバイー博士の作品で、これは同じ町のイマームレザー廟博物館に所蔵されています。現在、アストロラーベの製造はイスファハーンなどの一部の地域で一つの芸術として広まっており、多くが装飾品として利用されています。

 

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