王様と二人の息子
昔々、ある国を治める立派な王様がおりました。
昔々、ある国を治める立派な王様がおりました。
この国を長く治めるうちに、王様も今はすっかり年老いてしまいました。王様には2人の息子がいましたが、どちらも勇敢で剣術に長け、また優れた知識の持ち主でした。王様は、自分の死後、息子たち二人が互いに統治を握ろうと争いを始めることを憂えていました。そのため、遺言の中で、彼らの将来を明らかにしておくことにしたのです。それは、領土を公平に2つに分け、それぞれの領土の統治を2人の息子に委ねるというものでした。こうして、とうとうその日がやってきました。王様がこの世を去ったのです。
息子たちによる統治が始まりました。彼らは互いに干渉することなく、自分の領土を治めることに励みました。それは互いの存在をすっかり忘れてしまうほどでした。父である王様は、死を迎える前、息子たちに次のような助言を与えていました。それは、「もし統治に成功したければ、自分の国民を忘れてはならない。どのような状況でも、正義と公正を守るように」というものでした。息子の一人は、父親の遺言をきちんと実行し、国民への奉仕に努めました。しかし、もう一人の息子は、好き勝手に統治を進め、国民への配慮などどこ吹く風といった有様でした。
一方の王様は正義と公正を追求し、何を行うにも、まず、その善悪について考えていました。しかしもう一人の王様は、圧制的なやり方を追求し、それによって、自ら暗黒の穴へと落ちてしまいました。公正な王様は、国庫の金銀財宝を、国民の状況を改善するために費やし、恵まれない人や困窮にあえぐ人を救うことに努めました。一方、圧制的な王様は、国庫の金銀財宝を増やすために、哀れな国民に重い税を課しました。
こうして時が経ち、公正な王様が治めていた領土では、国庫の財政状況は決して芳しいものではありませんでしたが、国民は安らぎを手にしていました。王様は、貧しく恵まれない人々のために、家を建てたり、身を寄せる場所を作ってやりました。彼の正義により、人々の生活は改善され、いたるところに喜びが満ちていました。人々は若い王様に尊敬と共感の念を寄せ、彼が苦境にあれば寄り添い、支援に走りました。
しかし、圧制的な王様は、自分の領土の幸福とは、国庫がいつも、金銀や宝石で埋め尽くされていることだと信じて疑いませんでした。そして、兵士たちに支払う賃金を大幅に減らしたため、兵士たちの心からは、若い王様への敬愛の念が徐々に失われ、ついには敵意すら芽生えるようになったのです。
周辺諸国の商人たちは、その国のよからぬ噂を耳にして、その国の商人たちとの取引をやめてしまいました。市場は停滞に陥り、こうして、国家としての力も弱まる一方でした。そしてとうとう、敵国から攻め込まれてしまったのです。しかし、このような一大事に陥っても、はじめから圧制的で国民を顧みることのなかった王様には、国民からの助けを期待することはできませんでした。そのひどい圧制ゆえに、王様は国民から死を望まれるほどでした。こうして王様は成す術なく、敵に侵略されてしまいました。
一方、公正な王様は、常に国民のことを考えていたので、困難な状況に陥っても、国民が味方になってくれました。やがて、この2人の王様も年を取り、この世を去る日がやってきました。公正な王様は、自らの善行を全てあの世へと持って行き、その名声を後世に残しました。しかし圧制的な王様は、抑圧と暴虐を自らの冥土の土産とし、悪名高いままこの世を去ったのです。