9月 19, 2018 19:33 Asia/Tokyo

アーザルバイジャーン博物館は、イランで最も価値の高い博物館のひとつです。この博物館は、イラン国立博物館に次いで、イラン第2の考古学博物館の地位を得ています。この博物館はイスラム以前やイスラム以後の遺物を見ることができます。つまり、歴史に興味のある人にとっては、貴重なスポットといえます。

アーザルバイジャーン博物館は、1962年から正式に開館しました。この博物館は、800平方メートルの敷地に3つの広間をもち、いずれの広間も歴史的に貴重な遺物が数多くおかれています。

 

 

1階の広間には、イスラム以前の時代の遺物が置かれており、これらの中には、7000年以上の前のものも見られます。イラン南東部ジーロフトで発見された蛇紋石の遺物は、イスラム以前にさかのぼり、そこには草花や動物が描かれています。

この博物館の2階にも、1階と同じように、ほかでは見られない、遺物が収められています。この中で最も古いものは、10世紀のもので、イラン北東部ネイシャーブールで発見されました。最も重要な特徴は、クーフィ体という書体や、アラベスク文様、白い釉薬を使っていることが指摘できることです。

また、イランの歴史的な印章や貨幣の間にも、アケメネス朝時代からガージャール朝時代にかけてイランで鋳造された貨幣が展示されています。

また、地下1階には、タブリーズの巨匠である芸術家、アハド・ホセイニーによる銅像などが展示されています。この巨匠は、過去、特に20世紀の人間の道徳や生涯を観察し、これらの作品を制作し、アーザルバイジャーン博物館に寄贈しました。

歴史的な石細工のコーナーは、アーザルバイジャーン博物館の最も新しいコーナーです。この中で、石像や石の碑文などが展示されています。アーザルバイジャーン博物館は、タブリーズのイマーム通り、歴史的なモスクであるマスジェデ・キャブードのそば、タブリーズの市庁舎の近くに位置しています。

アーザルバイジャーン博物館の近くには、サーアト広場、またはシャフルダーリー広場、市役所広場というスポットがあります。ここも、イランの国家遺産のひとつとされています。

 

 

 

タブリーズの市役所は、1935年から1939年まで、9600平方メートルの敷地に、6500平方メートルの3階建ての建物が建てられました。この建物は、80の部屋と、美しい10のホールを持っていました。また、この建物の時計塔により、この建物は有名になったのです。

タブリーズの市庁舎はU字型をしており、石造りで、いくつかの入り口があり、その細工においてほかに類を見ない特徴を有しています。この建物は、イランで最初の市役所となりました。

市庁舎の内部にある最初の市立博物館もまた、この建物における魅力ある部分のひとつです。この博物館は、最初のタブリーズの市庁舎建設100周年を記念して、建設されました。

例外的な建築様式を持つ市庁舎は、大変魅力的で、当時においても類を見ないものでした。特にその上部の時計は大変熟練した技術により建設され、15分ごとに大きな鐘の音がタブリーズの市内に響きました。この建物が堅固に作られたことから、建設当初から改修が行われておらず、当初のままの姿を残しています。

 

 

現在、市庁舎が博物館に変わったことで、市庁舎の中の様々なホールには、多くの文書資料や古い絨毯、カメラなどの貴重な歴史的な展示品が数多く保管されています。

市庁舎の地下には、文書や靴、照明、消防などの博物館があり、その中には最古の靴や照明器具、消防署の歴史や、消防署で使っていた道具、タブリーズ最古のカメラが展示されているのです。

また、この建物の2回は、音響博物館、殉教者博物館となっています。音響博物館には、長年タブリーズで使われていた様々な楽器が展示されています。また、殉教者博物館も、殉教者の写真や手記などが展示されています。さらに、3階には絨毯博物館もあり、およそ80年前の絨毯があります。

 

 

タブリーズのバザールは、1平方キロの面積を持ち、世界最大のレンガ造りのバザールとされています。

歴史あるタブリーズのバザールは、タブリーズ市内中心部にあり、サファヴィー朝からガージャール朝時代の皇太子の宮殿だったアーリーガープー宮殿の東にあります。このバザールは、2010年、ユネスコの世界遺産に登録されました。

タブリーズはシルクロード上にあることから、この町のバザールも、昔から繁栄し、タブリーズの商業や経済の発展に大きな役割を果たしました。現在も、多くの近代的なショッピングセンターが建設されても、タブリーズにおける生きた商取引の場であり、多くの観光客が訪れています。

この建物が建設された時期については、正確にはわかっていませんが、資料では、10世紀にはタブリーズにバザールが存在した、とされています。10世紀から、20世紀まで続いたガージャール朝時代までの間、多くの旅行家が、タブリーズのバザールを訪れ、その情報を記してきました。イブン・バトゥータ、マルコ・ポーロ、エヴリヤ・チェレビー、ガスパール・ドルウィル、ジャン・シャルダンなどの旅行家は、タブリーズのバザールがにぎわっていた様子を指摘しています。

 

 

タブリーズのバザールは1779年、タブリーズで歴史的な大地震が発生した後、再建されました。このバザールは、多くの隊商宿や回廊、アーケードを持っていました。このバザールの大きさと美しさ、そして特に店舗の装飾やその建築様式は、類を見ないものでした。

タブリーズのバザールは5500の店舗や小部屋を持っており、40種の職業の人々が、そこで仕事を行っています。このバザールのアーケードの特徴は、3階建てになっていることであり、一番下の階は商品の倉庫、2階は商店、3階は休息所として利用されています。

タブリーズのバザールの類を見ない特徴のひとつは、この中で様々な職業が存続していることです。これは、それらの職業が数世代にわたって継承されていることを示しているのです。

タブリーズのバザールは、非常にまれな形で、伝統的な形態を保っており、このため、非常に大きな魅力を有しています。このバザールでは、金や宝石、絨毯から、香料、食料、日用品など、あらゆる商品を見つけることができます。このため、タブリーズのバザールは、アーザルバイジャーン土産を買う上で最高の場所なのです。

 

タブリーズのバザール、モザッファリエのアーケード

 

タブリーズのバザールは、商品の多様性に加えて、建物という点でも美しく、数時間散策する価値があります。「モザッファリエのアーケード」と呼ばれる場所は、このバザールの最も重要な場所です。

この、モザッファリエのアーケードは、タブリーズの絨毯が取引される場所であり、そこに入ると、数多くのシルクの絨毯が見られます。

モザッファリエのアーケードの特徴として、天井が高いこと、天井の真ん中や脇に、白い、あるいは色つきの大小の窓が配置されていること、その脇に小部屋が整然と配置されていることが挙げられます。このアーケードは2階づくりになっており、いずれも26の小部屋があります。

このアーケードの両側に、13の小部屋があります。1階の入り口は、そこから少し前に進んだところにある入り口から、2階に通じています。1階では多くの絨毯商が店を構え、2階の多くは絨毯のデザインや修繕といった絨毯関連の業種が入っています。

 

ラジオ日本語のフェイスブックもご覧ください。

https://www.facebook.com/ParsTodayJapanese