「これがシオニズムである」;パレスチナ人捕虜が語るイスラエル刑務所での組織的な性的暴行
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パレスチナ人のサミ・アル・サイ(Sami al-Saei )氏(47)が社会的偏見に反論し、報告書で「深刻なパターン」と題したある報告において、性的暴力について語りました。
(last modified 2026-01-28T06:10:45+00:00 )
1月 26, 2026 16:55 Asia/Tokyo
  • イスラエルの拘留から解放された元パレスチナ人捕虜、サミ・アル・サイ氏
    イスラエルの拘留から解放された元パレスチナ人捕虜、サミ・アル・サイ氏

パレスチナ人のサミ・アル・サイ(Sami al-Saei )氏(47)が社会的偏見に反論し、報告書で「深刻なパターン」と題したある報告において、性的暴力について語りました。

【ParsToday西アジア】英紙ガーディアンによりますと、シオニスト政権イスラエルの刑務所から釈放された元パレスチナ人捕虜サミ・アル・サイ氏は「襲撃中に、自分に暴行を加えていたシオニスト警備員の笑い声が聞こえた。その前に彼は私に目隠しと手錠をかけ、痛みをこらえる私を地面に放り出し、煙草を吸っていた。少なくともグループのメンバーの1人は、犯罪が行われていることに気付き、拷問を止めるためではなく、記録されるのを防ぐために介入した」と述べています。

た、男が襲撃しながら「写真を撮るな、写真を撮るな」と他のメンバーに警告するのを聞いた、としました。2024年2月の逮捕直後に起きた襲撃の後、このパレスチナ人は3週間以上下半身から出血しており、局部を殴打されたり、警備員による性器への激しい圧迫、2つの異なる物体を使った強制的な性的暴行など、20分以上続いた性的拷問について説明しています。

さらにインタビューで、自身の体験について「体で押さえつけて彼らを止めようとしたが、できなかった。彼らは…やってしまった。信じられないほど痛かった。自分は痛みでどれだけ叫んだか分からない」と述べました。

このようなことをされ激痛を感じたアル・サイ氏は、立ち上がって歩くように命じられた際に2度も失神しました。サイ氏によれば、小さな留置室に大人数とともに移され、医療処置も受けられず、出血を止めるためにトイレットペーパーを使うしかなかったということです。6人の子供の父親であるアル・サイ氏は、2025年6月まで起訴も裁判もされないまま拘留されていました。釈放から約40日後、サイ氏はTikTokに襲撃の詳細を記した動画を投稿し、強い社会的偏見と、刑務所内での性的暴行や拷問の暴露に対するイスラエル政府の警告に異議を唱えました。彼は「もはや黙っていられなかった」とし、「私や他の捕虜に起こったことについて、私には声を上げる道義的責任がある」とコメントしています。

イスラエル南部のスデ・ティマン軍事刑務所の中庭で手足を縛られたパレスチナ人捕虜

パレスチナ人向け拷問キャンプのネットワーク

イスラエルの民間刑務所および軍事刑務所における広範囲かつ深刻な性暴力は、医師、イスラエル軍検察官、CAT国連拷問禁止委員会など、占領地内外の監視機関によって記録されています。イスラエルの人権団体ベツェレム(B’Tselem)は今月20日に発表した報告書の中で、「拘置所および刑務所における深刻な性暴力の様相」を指摘し、イスラエルの刑務所におけるパレスチナ人への拷問・虐待について詳述しています。この報告書によれば、拷問は「性的暴行をちらつかせる脅迫から、服従の強制、そして実際の性的暴行まで」と多岐にわたります。また「これには、重傷を負わせる性器への殴打、捕虜に向かって犬をけしかけること、様々な物を使った性的暴行などが含まれる」と述べられています。

タメル・カルムート(Tamer Qarmout)氏(41)は2023年11月、家族が避難していたガザ地区北部のカマル・アドワン病院が急襲された中でイスラエル軍に身柄を拘束されました。彼は「最初の24時間以内に武装組織の一味と見なされた。自分は、10代の頃に脚を負傷し障害を負っていたにもかかわらず激しく殴打され、聴力に恒久的な損傷を負い、犬をけしかけられ、さらに兵士に性的暴行を加えられた」と語りました。カルムート氏はさらにベツェレムへの証言で、「イスラエル兵は棒で私に性的暴行を加え、1分ほど引っ張った。それからまた強く引っ張った。口を無理やり開けさせられ、棒を口に入れられて舐めさせられた[視聴者保護のため一部削除]」と述べています。

同氏は2年近く拘留されていたものの、昨年10月にドナルド・トランプ米大統領の仲介による合意で釈放されるまで、起訴も裁判も行われませんでした。イスラエル軍は、早急のコメント要請には応じていません。

ベツェレムの報告書は、イスラエルの民間刑務所と軍事刑務所の状況に関する2番目の報告書です。この報告書によれば2023年10月7日以降、拘留施設は「方針として捕虜虐待に特化した」ネットワークとなり、拷問が「容認された規範」となったとされています。また、「被抑留者全員が意図的かつ深刻で残酷な苦痛を強いられるこのような空間は、事実上、拷問キャンプとして機能している」と述べています。

ベツェレムはまた「パレスチナ人への虐待は隠蔽されていない」と表明しました。刑務所当局は捕虜への虐待を誇示していますが、この行動はイスラエルの政治家や司法制度によって公然と支持され、イスラエルのメディアによって容認・報道され、イスラエルの世論によって今や常態化されているのです。

2024年、イスラエル軍検察官は数人の兵士をスディ・ティマン軍事拘置所内での性的暴行で起訴しましたが、これは2023年10月以来、拘置所内での性的暴力でイスラエル警備員を起訴する唯一の試みとなっています。

シオニスト政府およびクネセト(イスラエル議会)の議員らは容疑者を支持し、暴行・襲撃時の映像が流出した際も、拷問行為そのものに対するイスラエル市民の抗議はほとんど見られず、逆に、軍の最高弁護士が辞任・逮捕に追い込まれています。ちなみにこの間、パレスチナ人捕虜への虐待でシオニスト兵1名が有罪判決を受けました。

ベツェレムのユリ・ノヴァク事務局長は「パレスチナ人捕虜への拷問は、非人道的な枠組み及び、より広範な過激派暴力キャンペーンの文脈で理解される必要がある」と語りました。また「イスラエル政権は、刑務所をパレスチナ人のための拷問キャンプ・ネットワークへと転じさせており、パレスチナ社会への組織的な攻撃の一環として、その狙いはパレスチナ人の集団的存在の殲滅にある」と述べています。

ベツェレムのユリ・ノヴァク事務局長は「パレスチナ人捕虜への拷問は、非人道的な枠組み及び、より広範な過激派暴力キャンペーンの文脈で理解される必要がある」と語りました。また「イスラエル政権は、刑務所をパレスチナ人のための拷問キャンプ・ネットワークへと転じさせており、パレスチナ社会への組織的な攻撃の一環として、その狙いはパレスチナ人の集団的存在の殲滅にある」と述べています。

囚人は組織的に医療ケアの対象から外され、身体の一部の切断、視力・聴力の喪失、そして数十件の死亡を含む回復不能な被害に遭っています。2023年10月7日現在、少なくとも98人のパレスチナ人がイスラエルの刑務所で殉教しているとされていますが、実際の殉教者数はこれよりはるかに多いと考えられます。

「兄弟よ、助けてくれ。拷問されている」

犠牲者の多くは若者で、基礎疾患もありませんでした。34歳の大工、アブドゥルラフマン・ミリ氏は2023年11月に、幼い息子3人と娘1人を残して殉教しています。

息子3人と娘1人を残して殉教しています。ミリ氏は2023年2月、仕事からの帰宅途中に逮捕され、起訴も裁判もされないまま拘留されました。刑務所の検死結果と他の捕虜の証言によれば、同氏はおそらく殴打されて死亡・殉教したとみられます。ミリ氏が生きていた最後の数時間に彼の近くの留置室にいた複数名の男性らは、彼の母親アズィザさんに対し、ミリ氏が「兄弟よ、助けてくれ。拷問されている」という苦痛の叫び声を聞いた、と語りました。

イスラエルが遺体を担保にしているため、ミリ氏の家族は同氏の死因確認も、葬儀なしでの生活の継続もできない状態となっています。昨年、トランプ大統領が仲介したガザ停戦合意の前に、母親のアズィザ・ミリさんは当局から電話を受け、息子の遺骨を引き取りたいかと尋ねられました。アズィザさんは自宅でガーディアン紙に対し「もちろん引き取りたいと答えたが、それきりなしのつぶてだった」と述べました。

イスラエルの刑務所で殴り殺されたアブドゥルラフマン・ミリ氏の母親、アスィザ・ミリさん

アズィザさんは、「悲嘆に暮れた父親は息子アブドゥルラフマンを亡くした後に死亡しており、残った家族もその悲しみを乗り越えようと奮闘している」と語りました。また「夜になると、アブドゥル・ラフマンがどのように拷問を受け、殉教前はどんな様子だったのかを想像してしまう。娘が一人で泣きながら、『どうして私には父親がいないの?』と私に尋ねる姿が目に浮かぶこともある」と述べています。

イスラエルが最後にパレスチナ人捕虜数を公表したのはトランプ大統領の停戦合意以前でしたが、1月までの時点でイスラエルはガザ地区、ヨルダン川西岸、聖地ベイトルモガッダス・東エルサレム出身の約9000人のパレスチナ人を拘束していました。そのうち約半数は、起訴も裁判もされずに無期限に拘束されています。

過酷な食糧配給、過密生活、シャワーや清潔な衣服といった基本的な衛生ニーズの欠如など、非人道的な生活環境により、暴力的攻撃の影響は益々悪化しています。独立した方法での監視は一切なく、ICRC赤十字国際委員会の訪問は2023年10月以来停止しており、捕虜らは家族との接触や外界からのニュースからは一切遮断されています。

前出の元パレスチナ人捕虜アル・サイ氏は、事実を語り声を上げたことで住処を追われ、新たな職探しも難しく、子供たちの将来について恐ろしい悪夢に悩まされるなどの代償を払う形となっています。

しかし、アル・サイ氏は、深い傷に新たな痛みを加えることに耐えられない人々の声となるという決断を決して後悔していません。同氏は「それは私の選択だった」と断言するとともに、「16ヶ月の獄中生活の間、自分は大人数が押し込められた留置室の中で、他の多くの捕虜が暴行を受けていたという明白な証拠を目にした」と付け加えました。そして最後に「たとえ他の人々がそれについて語らなかったとしても、彼らも同じような経験をしていたことは明らかだった」と結んでいます。

 


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