ラマザーン月、聖なる月(9)
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ラマザーン月、聖なる月
今回はまず、ラマザーン月の伝統の1つとして、断食をした人々に日没後に独特の夕食エフタールを支給する習慣についてお話することにいたしましょう。それから、コーランの朗誦をお聞きいただき、これらの節の教えについて説明してまいります。そして、最後に、ラマザーン月に医学面や食生活の点で留意したい事柄についてお話することにいたしましょう。
ラマザーン月のある日、日没まであと数分という時のこと、心地よい祈祷の声が聞こえてきます。家庭では、エフタール食独自の華やかな食卓が用意され、独自の雰囲気をかもし出しています。その家の母親は、エフタール食の準備を進めていました。この家のサーラーという名の小さな娘は、子供心にも喜びにひたり、好奇心たっぷりに全てのものを見つめていました。父親は、片手に一杯のパンを抱え、笑顔で家に帰ってきました。この家庭ではその夜、親密感にあふれた雰囲気の中で断食を締めくくるべく、祖父母やおじ、おばが客として来訪しています。すると、そのとき日没の礼拝のときを知らせる合図アザーンが聞こえ、独特の厳粛な雰囲気が立ち込めました。祖父が立ち上がると、そのほかの全員も彼に敬意を表して立ち上がりました。祖父は、全員に親しみあふれる眼差しを向けました。祖父はこの精神性あふれる瞬間に祈祷をささげ、おそらく自分がこの場にいないときにもこうした親近感が常に存在するよう祈っていたのではないでしょうか。祖父に促され、集まった人々全員が仲むつまじく、エフタールの食事の席に着きました。祖父が天に向かって両手を高く上げ、祈祷をささげると、他のメンバーも声をそろえて、「そうなりますように」と唱えました。この素晴らしい夕食会の思い出は、幼心ながらもサーラーの記憶に残っています。このような子どもが大きくなると、この愛すべき素晴らしい伝統を守り、自分も質素ながらも親密感あふれる食卓で、集まった人々のこころを和ませるのです。

ラマザーン月には、それまで以上に神の慈愛が地上に降り注がれます。この慈愛のしるしは、特にイスラム教徒の社会において体感できます。イスラム教徒の人々は、宗教的な信条にしたがって、エフタール食を提供するといった、この聖なる月の美しい慣習を実施します。この美しい習慣は、預言者の忘れ形見として残っているものです。断食をした人にエフタール食を提供することは、社会的な関係やイスラム教徒同士の親密感を高める上での助けとなります。そもそも、イスラムは慈愛と優しさの宗教であり、人間同士の関係が礼儀や敬意、尊厳の元に成り立つことを強調しています。
イスラムの預言者ムハンマドは、他者との社会的な関係において、人々にこの上ない敬意と情愛を示していました。語り継がれるところでは、預言者ムハンマドと面会した人は誰もが、この偉人のほかに類のない人格に引かれたとされています。彼は、非常に素晴らしい性格や微笑をもって、また謙虚な態度で他人に接していました。預言者ムハンマドは、これについて次のように述べています。
”一部の人々は、善良さの鍵であり、また別の一部の人々は醜悪の鍵である。神により、善良さの鍵を与えられた人々は、何と素晴らしいことか”
他人を助け、喜びを与えることには、様々な形式があります。友人に共感することで、相手の悲しみを癒し、また時には少々寛大になることで、問題を抱えている人の生活に生じた大きなわだかまりを解消し、相手の心に友愛という種を蒔くことができるのです。
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それでは、ここからはコーランの朗誦をまずお聞きいただき、その節についてご説明していくことにいたしましょう。コーラン第20章、ターハー章、「ターハー」第74節、75節をお聞きください。
“罪人として創造主なる神の御前に来る者には、燃え盛る火炎地獄がある。その中では、その者には死もなく生もない。だが、信心深く多くの善行をして神の許に来た者には高い位が授けられる“
コーランのこれらの節は、古代エジプトの王フィルアウンの宮殿に属する魔術師たちが、預言者ムーサーへの信仰心に目覚めた後で下されました。フィルアウンは魔術師たちに対し、魔術で預言者ムーサーに勝利した暁には、高い地位を与えると約束していました。しかし、彼らが預言者ムーサーに信仰心を寄せた途端、フィルアウンは彼らの両手と両足を切断して、磔の刑に処すると脅迫したのです。
この節における最も重要なテーマは、預言者ムーサーの面前で魔術師たちが即時、しかも根底から一変したことです。彼らは、一時期は預言者ムーサーに対し強硬に敵対していましたが、預言者ムーサーの起こした最初の奇跡を目の当たりにして衝撃を受け、現実に目覚め、方向転換したのでした。このことには誰もが驚きました。不信心者から敬虔な人間に転じる、言い換えれば暗闇から光明へと変わったことは、全ての人々に衝撃を与えました。このことはおそらく、フィルアウンにとっても信じがたいことだったと思われます。このことから、フィルアウンはこれが現実であると悟りながら、この出来事を事前に仕組まれた陰謀と見せかけようとしたのです。
これらの魔術師たちが根本的に変わり、両手両足を切断されることすら恐れなくなったことの原因は、学識と英知でした。魔術師たちは魔法の技術や秘密を理解しており、預言者ムーサーの行動が魔法ではなく、神が起こす奇跡であることに気づいたのです。このため、彼らは敢然と勇気を持って、方向転換したのでした。このことから、コーランのこれらの節からは、邪道にそれた人々や社会を変革し、導くには何よりも彼らを啓蒙すべきであることが見て取れます。
また、この節で注目すべきもう1つの点は、神の方向に向かって進む全ての人々が罪びとや信心深い善良な人々と共に神の御前に到達するということです。もし、罪深い人間であれば、責め苦としての火炎地獄に入ることになり、信心深い人なら天国の高い地位に迎え入れられます。
ラマザーン月の終わりの日々には、暑さが厳しさを増し、日照時間がより長くなるにつれて、喉の渇きにより断食をする人への圧力が倍増し、脱水症状を引き起こすことがあります。夏場の昼の時間が長い時期に敢えて飲食を絶ち、神の慈しみに心を委ねる人々に奨励されている事柄についてお話することにいたしましょう。
ラマザーン期間中の喉の渇きを解消する上で、サワーチェリーを是非多く取るように心がけていただきたいと思います。この果物は、喉の渇きや炎症を抑えるとともに、血液をさらさらにし、皮膚を滑らかにする働きがあります。また、アンズやモモといった果物もお勧めします。それは、こうした果物が胃酸による痛みや不快感を大きく解消し、発汗作用により失われたミネラルをある程度補給してくれるからです。
果物のジュースや野菜、水分の多い果物を摂取することは、失われたミネラル分の補給に極めて有効です。かんきつ類やイチゴといった果物を摂取することで、水分に加えてカルシウムや食物繊維、鉄分、カリウムなどのミネラル分や、ビタミンC,B1、B2といった必須の栄養分が補強されます。また、スイカやウリといった水分の多い果物も、体に必要な水分の確保に重要な役割を果たしており、エフタール食から翌日の早朝の食事サハリーの間に、これらの果物を食べることをお勧めします。さらに、レモンを食べることで、喉の渇きや熱中症を防ぐことができます。また、喉の渇きを抑えるには、乾燥させたミントの葉を水に入れて沸騰させ、ハチミツと混ぜた飲み物を飲むことも効果的です。但し、特に濃い紅茶の類を喉の渇きを抑えるために飲むことはお勧めできません。
伝統医学はこの点について、喉の渇きを抑えるのに最も効果を発揮する植物性の飲み物として、マツバボタンと同種にあるスベリヒユを奨励しています。この植物は、長円形で肉質の葉を持ち、黒く小さい種子をつけます。また、ハーブの一種であるマメ亜科の植物フェヌグリークにも類似しており、中世イランの医学者ブー・アリー・スィーナーによれば、スベリヒユは発熱や喉の乾き、胆汁を抑制するとされています。このため、ラマザーン月にこの植物を摂取することは非常に効果的であり、エフタール食やサハリー食にこの植物の種子や葉を使った飲み物を飲むと、より効果があります。