ペルシャ語ことわざ散歩(172)「こぼれた油が預言者の末裔の霊廟に奉納された」
皆様こんにちは。このシリーズでは、イランで実際に使われているペルシャ語の生きたことわざや慣用句、言い回しなどを毎回1つずつご紹介してまいります。
今回ご紹介するのは、「こぼれた油が預言者の末裔の霊廟に奉納された」です。
ペルシャ語での読み方は、Roughan-e riikhte nazr-e Emaamzaade shodeとなります。
このことわざは、「自分にとって価値が低い、または役に立たないもの、もしくは利用価値がないものを他人に施す、または寄付する」という概念、もしくはそれほど吝嗇な人を意味しています。
このことわざは次のような物語に由来しています。
1人の金持ちの男がロバに油の積荷を載せてある町から別の村へ運ぼうとしていた際、その積荷から少しずつ油が漏れだし、道にこぼれていきました。
そうした状態で、この男がある村に到着すると、そこでは人々が集まって、地元にあるイスラムの預言者の末裔の1人が葬られている霊廟の改修工事にいそしんでいました。
人々は通りがかりのこの金持ちの男にも、この霊廟のために何がしかの寄付や施しを求めます。
すると、金持ちでありながら吝嗇でもあるこの男は、道すがら油がこぼれているのに気づき、「では、これまで私の積荷からこぼれた油を捧げましょう」と告げたということです。
しかし、私たちが普通に考えても、これではあまりにも失礼千万というべきではないでしょうか。
イスラムの聖典コーランではこうした事柄について、適切でしかるべきものを寄付し施すことが推奨されており、他人から寄付されたものを神に捧げても、神はお喜びにならないとされています。
特に、コーラン第2章アル・バガラ章「牝牛」第267節には、次のように述べられています。
「信仰心に目覚めた者よ。あなた方の働いて得たよい物と、我々が大地からあなた方のために取り出したものを施すがよい。悪いものを施そうとしてはならない」
ちなみに、イスラムの預言者の一門や末裔が葬られ、彼らを奉ってある場所はペルシャ語でイマームザーデと呼ばれ、巡礼地となっている場所も多く、イランでも国内各地に存在します。
イランにあるこうした霊廟のうち、特に大規模で有名なものには、北東部マシュハドにあるシーア派8代目イマーム・レザーの霊廟などが有名です。
以上、今回は宗教的な由来を持つことわざをご紹介しました。それではまた。


