ファールス州;ガシュガイ族の風俗習慣
今回のシリーズでは、ガシュガイ族の風俗習慣・伝統工芸について、さらに詳しく見ていくことにいたしましょう。
前回のシリーズでは、イラン南部のファールス州を旅し、この地域に住む遊牧民についてご紹介しました。ファールス州には、ガシュガイ、ハムセ、ママサニーの3大部族の他、8つの独立した部族が存在します。前回は、このガシュガイ族がイラン最大の部族であること、彼らの生活スタイルなど、一部の特徴についてお話ししました。今回のシリーズでは、ガシュガイ族の風俗習慣・伝統工芸について、さらに詳しく見ていくことにいたしましょう。
通常、様々な部族の結婚式は、その部族が持つ独自の風俗・習慣を示すものです。遊牧民社会では、結婚相手の選択は、単に2人の問題、あるいは2人の家族だけの問題ではなく、より広く重要な側面を持っており、2つの部族、2つの氏族、さらには、2つの民族の結びつきにつながります。中には、遊牧民の間の結婚によって、それまでの敵対や対立に終止符が打たれることもあります。ガシュガイ族の人々は、通常、若いうちに結婚し、結婚相手は部族内の親戚同士の中から選ばれ、親戚以外、あるいは同じ部族以外の人との結婚は非常に稀です。若者たちの結婚には、家族が大きな役割を担っており、2つの家族の年長者の同意を得て、同じ階層の間で行なわれます。実際、結婚は、親戚や部族の間の家族の絆、結びつきを強めるために行なわれています。
ガシュガイ族の間の結婚において、重要な目的の一つに、家族の拡大があります。なぜなら家族は、遊牧民の生活における柱となっており、ガシュガイ族は、その独立した生活スタイルにより、全ての生活必需品を自力で揃えなければならないからです。そのため、人手は、収入を得るのに最も重要な要素となっています。さらに、年老いてからの職業の安定が保証されていないことから、ガシュガイ族の男女は、子供たちに頼っています。また、家父長制といった特徴により、家系の存続のために子供を持つことは非常に重要なこととなっています。子供たちは、両親を助けると共に、財産の管理や家畜の飼育、農作業にも協力しています。子供が大ぜいいる家族は、生産活動などにおいて、直面する問題が少なく、家族が仕事を分担する上で、より好ましい状況に置かれています。また、離婚は、遊牧民にとって非難されるべき事柄であり、めったに見られることはありません。
ガシュガイ族は、結婚式などのお祝いの儀式を、暑さをしのげる緑豊かな草原や泉の傍らで、数多くのテントを並べ、色とりどりの服に身を包んで、執り行います。結婚式では、馬乗りや射撃、歌といった多くの伝統的な儀式が行われます。ガシュガイ族の地元の踊りは、生活上の困難に対処するためのエネルギーや精神を高めるための要素です。と同時に、この踊りは、彼らの友好や連帯、団結の象徴とも見なされています。踊りの際には、皆が色鮮やかな布を手にし、肩を並べて大きな輪を作ります。ガシュガイ族の男性たちの間でよく行われる踊りの一つには、棒を使った踊りがあります。この踊りでは、短い棒と長い棒を両手に持った2人の男性が一組になり、順番に、楽器の演奏に合わせて戦います。彼らは、徐々に興奮の度合いを高めながら、リズムを早め、棒で相手の足を叩き、長い方の棒を奪って、相手を倒そうと努めます。こうして、決着がつくまで、踊りが続けられるのです。
ここまで、結婚式とお祝いの儀式に関するガシュガイ族の風俗・習慣についてお話ししました。この他のガシュガイ族の慣習としては、羊毛を刈る儀式が挙げられます。羊毛は、一年を通して取れる畜産物として、遊牧民にとって非常に重要なものとなっています。羊毛は、ガシュガイ族の最も重要な伝統工芸の原料、すなわち、織物や敷物の糸の原料となり、織物や敷物はガシュガイ族の最も重要な収入源です。羊毛を刈る作業は、特別な慣習に従い、2つの段階に分けて行われます。第一段階は、春の初めに避暑地で、第二の段階は、夏の半ばに涼しい場所で行なわれます。通常、涼しい場所で取れた羊毛は、フェルトを作るために利用され、そのフェルトでパオ・天幕が作られます。羊毛を原料とする織物や敷物は、世界の無形文化遺産リストに登録されています。ここからは、イランの輸出品のひとつである、ファールス州の遊牧民の手織物をご紹介してまいりましょう。
概して、ガシュガイ族の織物は、じゅうたんやギャッベといったけばの多いものと、ゲリームなどのけばのないものの2種類に分けられます。もちろん、ガシュガイ族の織物の中には、ホルジーンと呼ばれる実用的なものもあり、ホルジーンは、けばの多いものも少ないものもあります。ファールス州の遊牧民の間で、今も最も美しい手工芸品は絨毯です。それは努力と芸術の融合であり、遊牧民の勤勉な女性たちの手で織られています。ファールス州の遊牧民の中でも、特にガシュガイ族とハムセ族のじゅうたん織りは、他の遊牧民よりも盛んに行われています。
ガシュガイ族は短期間でじゅうたんを仕上げます。それは、この部族が、冬営地と夏営地の2つの場所で生活し、少なくとも一年に二度、移動するため、絨毯産業の拡大が制限されるからです。そのため、通常、遊牧民の織るじゅうたんは、小さなものとなっています。じゅうたんを織る際には、織る道具をたてかけるための壁がないため、通常、水平に置く織り機が使われます。それは非常にシンプルなもので、簡単に取り付けたり、移動させたりできるものとなっています。
ギャッベと呼ばれる編み目の粗い敷物も、遊牧民の織物の一つです。ギャッベは、遊牧民の生活の喜びやエネルギー、美しさを具現しています。この敷物の主なテーマは、遊牧民が生活する緑の草原であり、ガシュガイ族の女性たちによって、美しい自然のデザインが、ギャッベの上に描かれていきます。ギャッベはイラン各地で織られていますが、それらには羊毛の天然の色が使われています。しかし、ガシュガイ族のギャッベでは、それとは異なる色やデザインが使われます。彼らが好んで用いるデザインの一つに、ライオンがあり、それは古くから使われてきたものであることに加えて、勇敢さの象徴であり、ファールス州のアルジャンという平原でのライオンの存在と無関係ではありません。この他、ギャッベには、星、ひし形、動物といったデザインもよく使われます。ガシュガイ族のギャッベは、羊毛のみで織られ、表には表れない横糸にも羊毛が使用されます。通常、ギャッベのサイズは、100センチ×200センチか、115センチ×200センチとなっています。
ジャージームも、ガシュガイ族の織物で、テント内の家具やベッドのカバーとして使われます。小さなサイズのジャージームは、掛け布団としても利用されます。ジャージームは、様々な色で織られますが、主に明るい鮮やかな色が使われます。ジャージームに見られる主なデザインは、八角形や六角形、ひし形、三角形を並べたもの、あるいは市松模様などです。
ガシュガイ族のゲリームも、部族の女性たちによって織られる優れた作品です。ガシュガイ族のゲリームは、100%羊毛で作られた糸で織られます。糸は非常に細く、柔らかいものです。洗濯や日光に対して色落ちしないこと、それが、ガシュガイ族のゲリームが名声を得ている最大の要因だと言えるでしょう。
ゲリームを作る全ての段階は、女性たちによって行われます。遊牧民の手織物のデザインは、多様で複雑なものですが、図面などを予め用意することなく、織る人の創造力のみで仕上げられていきます。そのため、遊牧民の手織物は、機械生産されたものとは異なり、同じものがありません。それらは様々な民族のものと比べても、デザインや色の組み合わせ、大きさや実用性の点でも優れています。