イランの文化における手工芸や芸術の位置づけ
この番組では、イランの文化における手工芸や芸術の位置づけについて考えてまいります。
手工芸は、全ての国の国民の趣向や芸術を物語り、また先人たちの技術や産業を示すものです。各国の国民の伝統工芸は、彼らのアイデンティティや過去の歴史を物語るとともに、彼らの文化的経歴や各民族と触れ合うことのできる要素の1つでもあります。手工芸は、イラン人の純粋な歴史的成果であり、機械化、合理化された現代の生活においても行き続けています。これらの芸術は、今なお人々の意識の中における値打ちを失っておらず、特別な位置づけを有しているのです。
人類はこれまで生き続けてきた中で、思考力の助けにより作品を生み出してきました。洞窟に初めて壁画を描いていた時代から、人類は物質的な世界の闇の部分や悪事から逃れ、より優れた真実を獲得することに努力を注いできたのです。こうした努力は、全ての時代において何らかの形で具現されています。芸術家は、自らの思想の奥深い部分において、崇高な概念への到達という願望を抱き、それを絵画や言葉、文字などの形で表現してきました。
芸術の精神的な側面は、こうした角度から見て建設的な要素と見なすことができ、特別な価値を有しています。また、芸術は生活の修正や社会の精神的な改善にも活用されうるものです。この番組では、イランの芸術における精神的な範疇の一部について取り上げてまいります。
イランは、世界における手工芸の重要な三大拠点の1つであり、手工芸の多様性の点から世界でも上位にあります。イランでの考古学的調査からは、手工芸が実用性に加えて、時にはイラン人の宗教的、精神的な信条をも示してきたことが判明しています。
イランの人々は、7世紀のはじめにイスラム教を受容しました。そして、イラン人の芸術や文化は、イスラムの精神的な価値観と融合し、手工芸も独自の発展を遂げ隆盛を極めています。建築、化粧タイル、じゅうたん製造、金属加工、陶芸といった分野はイラン芸術の一部であり、長年にわたってイラン文化圏の人々の暮らしに精神的な慣習として息づいてきました。
イスラム伝来後、イランにおける芸術は常に心の安らぎをもたらし、緊張をほぐす本質を持ち、人々に精神性あふれる崇高な概念を伝えてきました。イランでは、絵画をはじめとした様々な分野の芸術家の主な目的は、人間や世界をシンボル化して空想的に示すことであり、そうした絵画は建物の壁や天井、手工芸、そして手書きの写本や書物に残されています。
イランの手工芸と文学の相互間の影響について、専門家であるジャアファリー・ガナヴァーティー博士は次のように語っています。
「イランの民俗文化においては、数多くの歌謡や詩、ことわざが存在しており、職人たちは仕事をしながらこれらを用いている。例えば、イラン中部カーシャーンや南東部のケルマーン州、北西部のアーザルバーイジャーン地方、南部のファールス州といった、ガーリーと呼ばれる薄手のじゅうたん製造が広まっている地域の多くでは、じゅうたん織りの歌が存在する。人々の間には、手工芸に関する多くのことわざも存在している。その例として、イラン南部に住むバフティヤーリー族のことわざに、”冬が去っても不名誉はフェルトの黒い帽子に残ったまま”というものがある。さらに、敵は信用できないということを表現することわざとして、”古くからの敵は友にならぬ、黒いフェルトは白にはならぬ”と言われている」
イランの絵画は、精神性ある特徴に基づいており、ある種の伝統芸術とされるとともに、イスラムの倫理に基づく原則や信条の一部の影響を受けています。イランの絵画に携わる画家たちは、最もシンプルな色彩や線を用いて、象徴的な形による世界を描いています。
イランの画家たちは、物的な表現を離れ、物的な世界の影響から乖離することで精神的な世界に近づくことに努めてきました。このため、純粋なイラン式の絵画における色彩は、精神性が漂う空間を生み出す上で重要な役割を果たしています。これらの絵画では、青と金、そして緑という色彩の組み合わせが見る者に奥深いインパクトを与えていますが、これはイランの芸術家が芸術的な細やかさに特に注目していることを示しています。
また、建物に使用されている化粧タイルにおいても、色彩が注目されていることは歴然とした事実です。その例として、イランの建造物の装飾には金の化粧タイルがふんだんに使用されており、厳粛な雰囲気を感じさせます。一部の建物については、レンガの黄土色と化粧タイルの青という組み合わせにより、表面が壁紙で覆われたような形態となっています。この組み合わせは、建物をより強固なものにする役目を果たしているとともに、見る者を華やかな宴へと招き、安らぎを与えています。
イラン人の芸術家の優れた創造性は、細やかな配色、コーランの節やイスラムの伝承を書き表した書道体の文字、植物をあしらったデザインなどに現れており、このことは手工芸をはじめ建築にも具現されています。イランの芸術におけるデザインは、2種類の特別な唐草模様で構成されています。1つは、数多くの幾何学模様を組み合わせたもので、もう1つは一定の規則性に従った植物のデザインの組み合わせです。
イランの文化においては、様々な樹木の葉と花々が組み合わされ、それらが象徴的に使われていることから、イランの絵画は独自の特徴を有しています。そうした図柄は、じゅうたんやキリムなどの敷物、陶器やガラス製、金属製の器の表面、宗教書や文学書の表紙のデザイン、さらには歴史的な建造物、モスクの丸屋根や天井の碑文などにも見られます。
精神性を漂わせた、しかも象徴的なデザインの豊かさは、イランの人々の暮らしが様々なレベルにおいて精神性を伴っていることを物語っています。しかし、デザインや色調よりもっと重要なポイントは、書道などの芸術に神の言葉であるコーランの節が使用されていることです。書道は、世界の大半の地域や様々な民族の間で行われてきましたが、イランではそれらとは異なる様相を帯びていたのです。
イスラム世界では、書道家が独特の位置づけを有していました。それは、書道家が書くことにいそしみ、またコーランにおいても筆や筆記する手段に対し誓いが立てられていたからです。イランの書道家たちは、多種多様な様式により、イスラムの教えの影響を受けながら、イスラムとその精神的な教えにかかわってきたのです。
イスラムの聖典コーランや伝承ハディースの習字体には、様々な形のものがあります。その1部は、コーランの手書きの写本や、宗教書をはじめとする数多くの書物に見られます。また、習字体で刻まれている碑文は、建物の玄関口などの装飾として利用されています。これらの碑文の多くは、アラビア書道の書体であるクーフィー体、或いはナスフ体、そしてスルス体で刻まれています。それらには、半永久的に残り、長い年月がたっても色落ちしない原料や色素が使われていました。
書道による文字の組み合わせに使われる最高の章句の1つは、信心深いイスラム教徒なら誰でも唱える「慈悲深く慈愛あまねき神の御名において」というアラビア語の章句です。この種の書道や、精神性を有する言葉を使用していることから、イラン人は常に芸術の精神的な側面とともに歩んできたのです。