4月 12, 2018 22:13 Asia/Tokyo
  • 創造力
    創造力

今回は、人間が持つ創造力について考えることにいたしましょう。

アメリカ・ミネソタ州に、1人の年老いた男性が住んでいました。彼は、自分のジャガイモ畑を耕そうとしましたが、これはとてもきつい作業でした。この仕事を手伝えるはずだった彼の1人息子は、刑務所に収監されていました。この年老いた男性は、息子に宛てて次のような手紙を書きました。

 

「息子よ、今年はジャガイモを植えられないので、いい気分になれない。だが、私はこの畑を手放したくない。それは、お前の母親がこの畑に作物を植えるのが好きだったからだ。だが、残念ながら私は畑仕事をするには年を取りすぎている。もし、お前がここにいたなら、私に代わってこの畑を耕し、私の問題は解決されていたと思う。お前を愛しているよ。父より」

 

その後しばらくして、この年老いた男性は、息子から次のような電報を受け取りました。

 

「お父さん、お願いですからその畑を耕さないでください。私は、そこにある人の遺体を埋めて隠しました」

 

翌朝、FBI・アメリカ連邦警察の関係者12人と地元の警察の幹部たちがやってきて、畑をくまなく掘り返しましたが、遺体は見つかりませんでした。年老いた男性は非常に驚き、息子に宛てて再度手紙を書き送り、起こった出来事について説明しました。すると、息子から次のような返事がきました。

 

「お父さん、今畑に行ってジャガイモを植えてください。これこそが、私が遠くからでもお父さんのためにできる一番の手伝いです」

 

ただ今お聞きいただいた物語は、他の動物には決して見られない、人間だけが持つ重要な技術としての創造力に関する物語です。

 

考える力とは、何かを発見し、手段や新しいアイデアを生み出す力であり、思想や創造力の産物でもあります。全ての人間は、大なり小なり何かを作り出しており、この能力は全ての人々に様々なレベルで備わっています。そして、重要なことは、これを開花、発展させ、活用することなのです。

 

思想家は、進歩や発展の入り口とは、予算の確保や設備を整えることではなく、考えることによって基本的な要素を探ることだとしています。創造力を働かせることは、問題に対処する最高の手段にもなりえます。想像力を磨かなかった人は、問題に対処する上で自分に負けることになります。クリエイティブな人は、こうしたマイナス思考を戦わずして降参することに等しいと考えます。それは、彼らが問題や困難は、解決法を見出すための戦いだと考えているからです。

 

このため、人間の進化の本質は考えることにあり、これこそは人間を事実上の最高の創造物にしている要素となりえます。ですから、イスラムの教えにおいては人間が考える存在であることが強調されているのです。

 

コーラン第15章、アル・ヒジュル章、「ヒジル」第86節の解釈では、創造主は全知全能とされ、人類に創造力について理解するよう促しています。また、コーラン第6章、アル・アンアーム章、「家畜」第104節には次のように述べられています。

 

“あなた方の創造主は、あなた方に理解力を与えられた。これゆえ、洞察力をもって見つめる者は利益をもたらし、目を閉ざす者は損を蒙ることになる。我は、あなた方を監視するものではなく、あなた方に信仰心を無理やり受け入れさせることはない”

 

コーランの文化では、創造力に必要とされるものは神を知り、神をより所とすること、そして活発な思考力を持つことだとされています。人間は、理解力や洞察力を活用することで、新しいアイデアに思い至ることができます。創造力を働かせる上で最も効果のある要素は、自己浄化と自己啓発、神を思い起こし神に服従すること、認識や見識、そして知性を持つことです。考えることに神への礼拝が加わると、心が安らぎ、アイデアや発想の扉が開かれることになります。これこそはまさに、イスラムの優れた思想家や偉人たちが発揮し、新しい発明や創造性のために活用したものなのです。

 

イスラムの教えでは、数時間考えることは、長年の崇拝行為よりも価値があるとされています。コーランは、よく考え、教訓を得て、注意するよう呼びかけています。さらに、数百回にわたって、神の創造物について指摘し、様々な方向から人類に世界の神秘について考えるよう促すと共に、考えることをしない人間は四足の動物よりもレベルが低いとしています。これについて、コーラン第7章、アル・アアラーフ章、「高壁」第179節では次のように述べられています。

 

“我々は多くの精霊と人間を地獄に据えた。彼らは、理性を持っていながら考えず、目はあるが見ず、また耳はあるが聞かない。彼らは動物のようであり、それ以上に迷いに陥っている。彼らは無知である”

コーラン第8章、アル・アンファール章、「戦利品」第22節

 

コーラン第8章、アル・アンファール章、「戦利品」第22節では、考えることをしない人間はこれ以上ないほど悪質な罪人とされ、次のように述べられています。

“誠に、最悪の人物とは、物事の道理について考えることをせず、聞かず、言わない者である”

 

コーランのいう、「考えることをしない人」とは、現世の真理を見出す上で、思考力や賢さを活用しない人を指します。コーランではまた、創造性を妨げる最大の要因として、他者を盲目的に模倣すること、動きがなく滞っていること、特定の考え方へのこだわり、無知、本質的な思考能力の欠如、行動の伴わない発言などを挙げています。コーランの多くの節においては、先人たちを盲目的に模倣してはならないとし、新しく優れたアイデアを受け入れるよう求めています。例えば、コーラン第39章、アッ・ズマル章「集団」、第18節では次のように述べられています。

 

“神の言葉を聞いて、その中で最も良いものに従う者たち、彼らこそは神が導かれた者であり、賢明で思慮深い者たちである”

 

イスラムの伝承によれば、預言者は道を歩くときも同じ道を歩かないようにしたとされています。これは、人間が毎日新しい道を歩み、1つの道だけにとどまることなく、表面上は存在しない道を考えるべきであることを意味しています。このため、宗教の先人たちの名言には、現代のイスラム教徒と過去の時代のイスラム教徒が全く同じだったなら、これは損害を被ったことになる、とされています。

 

このため、イニシアチブや創造性、新たな発想などのない人は、改善し、向上することができず、生活における変化や知識から取り残されることになります。それは、こういった性質が、思考によって生じるからです。実際、人間と動物の違いは、考える力にあります。ですから、人間は考える動物、或いは新しいものを生み出す動物といわれているのです。

 

 

 

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