騒音
前回は、水や大気、土壌の汚染が自然環境に及ぼす影響についてお話しました。しかし、人間をはじめ動植物、さらには無生物にまで多大な悪影響を及ぼすもう1つの公害として騒音が挙げられます。今夜は、この問題について考えることにしましょう。
環境学者の間では、大気中の分子の振動と気圧の恒常的な変化により、音波が生じると考えられています。これが波長という形で大気中に拡散され、決まった周波数の範囲内にあるとき、人間はこれを音として認識します。つまり、音波は機械的な音の1つであり、長波として拡散され、耳に届いて音が聞こえるという状況を生み出します。この音波は、様々な周波数で自然環境内に拡散されますが、人間が聞き取れる周波数の範囲は、20ヘルツから2万ヘルツとされています。20ヘルツ以下のものはサブソニック(亜音速)、そして2万ヘルツ以上のものは、超音速と呼ばれています。
しかし、騒音は不快な音と定義され、人々が休息したり、或いは何かに集中する際に必要な静けさを乱すものです。このため、音楽であっても、不適切な折に演奏されたり、流されたりすれば騒音の源と見なされます。
音の大きさは、気圧の変化に基づいて計測され、“デシベル”という単位で表されます。0デシベルは、全く音のない状態を意味し、また通常人間の耳が耐えられるのは130デシベルとされています。今回取り上げる騒音は、工業技術と直接関係しており、言い換えれば工業技術の発展とともに騒音の問題もより大きくなってきたと言えます。
騒音の原因は様々ですが、その主なものには道路や鉄道、空路での交通渋滞、工場や建設現場の音があります。大都市では、空港や鉄道駅、自動車のクラクションや排気ガス、救急車や消防車のサイレン、建設現場や工業機械から生じる音などが、騒音の最大の要因となっています。また、都市圏外においても、街道や鉄道路線は騒音の最も主要な原因となっています。
専門家の見解では、ある地域に鉄道が存在することで、その地域に生息する動植物に破壊的な影響を及ぼす可能性があるとされています。それは、鉄道路線が独特の自然の生態系の中を通っているからであり、列車の通過による騒音はその地域の動植物に影響を及ぼします。さらに、その近隣に住む人々や動植物の安全をも危険にさらし、希少な生物がその生態系から他の生態系への移住へと追い込まれます。このことは、ある種の動植物の絶滅の引き金となります。
今日、騒音は多くの先進国において最も重要な環境問題の1つとされています。これまでに行われた調査の結果からも、生活における機械音が、人間の心と体にとっての大きな不快感をもたらしており、各国の社会はそれによる手痛い代償を払わされています。
騒音が人間にもたらす最大の悪影響の1つは、聴力の低下です。このほかにも、騒音による弊害として、頭痛や目まい、消化不良、便秘、胃潰瘍、皮膚のアレルギーや痒み、神経性の緊張、血管の収縮、血圧の上昇、心卒中や睡眠障害などがあります。
常に騒音にさらされることで、人間の血液におけるアドレナリンやコルチゾールといったホルモンの濃度が上昇します。アドレナリンの濃度が高まると心拍数が増加し、コルチゾールの上昇により緊張やストレスが高まります。騒音により、特に頭蓋骨内を初めとする血圧が上昇し、唾液の分泌が減少し、口の中が乾燥します。
複数の調査結果から、人間が8時間継続して70デシベル以上の騒音にさらされた場合、5ミリから10ミリメートルhg(エイチジー)も血圧が上昇することが分かっています。さらに、騒音は流産の重大な原因の1つにもなりえます。騒音は、妊娠中の母親にとってのストレスとなり、このストレスが胎児に栄養分や酸素を送る役割を果たしている子宮内の血管を収縮させ、その結果低体重児が生まれてくることになるのです。
騒音は、人間のみならず動物の生存をも危険にさらしています。複数の実験所による調査の結果、85デシベル以上の騒音が動物の聴力を弱らせ、周辺の自然環境内で生じる音や、他の動物の声を聞き取れなくしていることが判明しています。
マウスを使った実験の結果から、騒音はマウスのストレスを高め、マウスが各種の病気に罹患するリスクを高めています。さらに、マウスを毎日8時間連続して82デシベルから85デシベルの騒音にさらした場合、大人のマウスの知能が低下し、胎児の体重が66%も減少するという結果が出ています。
さらに、動物に対する騒音の悪影響の結果として、渡り鳥や野生動物が不適切な折に移住を迫られること、流産、耳からの出血、食欲減退、気性が荒くなること、哺乳動物における乳汁の分泌の減少、寿命の短縮などが指摘できます。これまでの調査から、大都市の騒音が野鳥に悪影響を及ぼし、野鳥のさえずる声の変調や行動の変化を引き起こしていることが分かっています。他にも、コウモリがエサを見つけられない、カエルが交尾する相手を見つけられない、クジラが仲間とのコミュニケーションをはかるために、より大きな音波を発するといった事例が報告されています。しかし、騒音の影響を受けるのは動物だけではありません。
多くの人々の間では、騒音は樹木や植物には影響しないと考えられています。それは、人々が樹木や植物は人間などの動物のような聴覚器官を持たない、と認識しているからです。しかし、最近の研究調査の結果、騒音が樹木にも悪影響をもたらすことが判明しています。
動物は、混雑した騒音の多い地域から簡単に住処を変えることができます。しかし、動物たちがいなくなってしまった地域においては、動物による花粉の飛散や産卵が行われなくなり、このことが樹木に破壊的な影響を及ぼすことになります。例えば、動物や野鳥が沢山生息していたマツ林では、騒音が原因で、近年ではもはや住処を探すための動物たちの競争が見られなくなっています。
こうした中、環境学者の間では、樹木が騒音の緩和に大きな役割を果たすと考えられています。樹木は、バリケードのように騒音をかなりの割合で防ぎ、特に木々の葉が騒音を吸収すると見なされています。
アメリカ農務省山林局の研究によりますと、樹木の正しい計画的な利用により、騒音を5デシベルから10デシベル、即ち人間が出す騒音の50%を緩和できるとされています。この効果をさらに挙げるため、専門家はイトスギなど高さのある樹木を植えたりすることで、自らの周辺地域の騒音を緩和するよう奨励しています。周辺に、適切な高さと面積、密度のある森林が存在すれば、高速道路の渋滞による騒音を緩和できると考えられています。
もっとも、騒音の問題は環境汚染の中でも、忘れられがちな側面の1つです。騒音に関しては、まだ良く知られていない部分が多く存在するため、本格的な騒音対策は講じられていません。しかし今日、環境学者は騒音も自然環境や生物の多様性にとっての深刻な脅威であり、国際社会がその対策に本格的に乗り出すべきだと考えているのです。