May 21, 2018 00:04 Asia/Tokyo
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今回は、コーラン第33章アル・アハザーブ章部族同盟についてお話しします。

慈悲深く、慈愛あまねき、神の御名において

 

アル・アハザーブ章部族同盟は、メッカで下され、全部で73節あります。この章の節は、アハザーブの戦争と、偽善者や不信心者に対するイスラム教徒の驚くべき勝利について述べられています。この章では、アハザーブという言葉が3回、出てくるため、その名前が付けられました。この章ではまた、離婚などの家族の問題、イスラム的な装い・ヘジャーブ、そして復活についても述べられています。

 

アル・アハザーブ章の第1節から3節を見てみましょう。

 

「預言者よ、敬虔さを保ち、不信心者や偽善者に従ってはならない。神は全能かつ英明な方である。汝の主から汝に下されるものに従いなさい。神はあなた方が行う事柄を知っておられる。神に頼りなさい。神は汝を守護する方として万全である」

 

ウフドの戦いの後、アブーソフィヤーンと、多神教や不信心者の一部の長老たちがメディナにやって来ました。彼らはイスラムの預言者のもとに来て言いました。「ムハンマドよ、私たちの神々を悪く言うのをやめなさい。そうすれば私たちも、あなたから手を引きましょう」

そのとき、この章の最初のいくつかの節が下されました。

 

メッカの多神教徒やメディナの偽善者たちは、妥協を提案し、イスラムの預言者ムハンマドを唯一神信仰から逸脱させようとしました。しかし、アル・アハザーブ章の最初の節は、イスラムの預言者ムハンマドに対し、この提案など聞き入れることなく、妥協など一切せずに、唯一神の信仰をしっかりと続けるよう求めています。

 

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アル・アハザーブ章の第9節から17節は、イスラム史上最大の出来事の一つであるアハザーブの戦いに触れています。この戦いはイスラム暦5年に起こりました。コーランは、この戦いについて、第9節から11節で次のように語っています。

 

「信仰を寄せた者たちよ。神の恩恵を思い出しなさい。[大]軍があなた方のもとにやって来たとき、我々は風と嵐、そしてあなた方には見えない軍勢を彼らに対して遣わした。神はあなた方の行うことを見ておられる。彼らが上と下からあなた方のもとにやって来たとき。あなた方の目は驚いたままで心臓は口まで届いていた。また神についていろいろと疑っていた。こうして敬虔な人々は試され、強い衝撃を受けた」

 

アラブのクライシュ族、ユダヤ人、その他のグループが、この戦争に加わるように呼びかけられました。そのため、この戦いは、アハザーブの戦いとして有名になりました。彼らは巨大な軍勢を用意し、イスラム教徒を叩き潰そうとしたのです。

 

イスラム教徒は、預言者ムハンマドの命によって相談しあい、サルマーン・ファールスィーの提案により、メディナの周りに堀を作って、敵が簡単にはそこを通って町を攻撃できないようにしました。サウジアラビアで堀が作られたのは、これが初めてのことでした。それがメディナ周辺に作られたことで、軍事的な重要性はもちろんのこと、それ以外にも、敵の士気を弱め、イスラム教徒の心理を強化する働きがありました。いずれにせよ、イスラムの軍勢は、敵に攻撃される前にあらゆる状況を想定し、不信心者がメディナに到達する前に、堀を完成させていたのです。

 

敵の軍勢は大勢おり、一方でイスラム軍は数も少なく、武器も十分ではありませんでした。それはイスラム教徒にとって困難な未来を予想させるものでした。一部の歴史家は、不信心者の数が1万人を超えていた一方で、イスラム教徒は3000人にも満たなかったとしています。イスラム軍は、堀を見下ろす地点にキャンプを張り、もし誰かがそこを通過しようとしたら、狙い打てるようにしていました。不信心者の軍勢は、メディナに向かっていました。彼らはメディナに着くと、この町をあらゆる方向から囲みました。

 

 

アハザーブの戦いの歴史的な場面の一つが、シーア派初代イマーム、アリーの敵軍の大将との対決です。アラブで最も勇敢だと言われ、多くの戦争の経験のある人物の一人が、多神教徒の軍勢と共に戦場にやって来て、馬に乗り、堀を飛び越え、イスラムの軍勢の前に立ちはだかりました。彼の戦いを挑む叫びが辺りに響き渡り、絶え間なく力を誇示していました。それを受け、イスラムの預言者ムハンマドは、誰かこの男を倒せる者はいないかと叫びました。そして、この対決の意志を表明したのは、ただ一人、イマームアリーだけでした。

 

アリーは対決の場へと走りました。そのとき、預言者ムハンマドは、「全ての信仰があらゆる不信心の前に立ちはだかった」と言いました。なぜなら、この運命を決定する戦いは、イスラムと不信心の今後を明らかにするものであったからです。アリーは敵将に対し、馬から降りて、一対一で戦うよう求めました。敵将は馬から降り、剣をアリーに振りかざしました。しかしアリーは、すばやくそれをよけると、すぐに敵将の足に剣を振りかざしました。敵将は地面に倒れました。辺りに砂埃が立ちました。そのとき、兵士たちは、「神は偉大なり」の言葉を聞き、アリーがゆっくりと、自分たちの方に戻ってくるのと、敵将の遺体が戦場の片隅に倒れているのを目にしました。

 

アラブの将軍が亡くなったことは、敵軍にとって非常に大きなダメージとなり、彼らは精神的に弱くなっていました。またこの他にも、多くの要素がイスラム教徒を助けました。夜になると、神の命によって激しい嵐が起こり、敵軍のテントはバラバラに崩れました。彼らは恐れおののきました。また目に見えない天使たちの力も、イスラム教徒の助けになりました。その結果、不信心者たちの陣地は混乱し、彼らはそこに留まるよりも、逃げ出すことを選びました。

 

アハザーブの戦いは、イスラムの歴史の中で最も重要な出来事であり、転換点となりました。力のバランスがイスラム教徒に有利な形に変化し、この勝利は、のちの勝利の鍵となったのです。(了)

 

 

 

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