預言者ムーサーと魔術師たち
今回は預言者ムーサーと魔術師たちの物語をお届けしましょう。
人々が広場に集まっていました。彼らはフィルアウンとムーサーの対決が始まるのを待っていました。人々の間から、こんな声が聞こえてきます。
「誰が勝つと思うか?」
「きっとフィルアウンだろう。彼は魔術師たちがその力を示すことができるよう、すべての魔術師をここに結集させたそうだ」
そのとき、魔術師の一人がフィルアウンに向かって言いました。
「フィルアウンの栄誉に誓って、きっと私たちが勝利するでしょう」
フィルアウンはいつものように、尊大な態度で対決のときを待っていました。
魔術師たちが自分の魔術を披露し始めました。彼らが縄を広場の真ん中に投げると、それは蛇の姿になりました。魔術師たちの技は、人々を驚かせました。フィルアウンはムーサーの方を向き、魔術師の技を示して言いました。
「ムーサーよ、どうだろう? これでもまだ、私たちを信じることに疑いを抱くのか?」
ムーサーは何も言わずに、自分の杖を地面に投げました。すると突然、大きな竜が現われ、一瞬にして、魔術師たちの全ての縄や道具を飲み込んでしまいました。誰もが恐れをなして逃げ出しました。自分の魔術に自信を持っていた魔術師たちも、すっかり驚いた様子で言いました。「本当に、この行いには人間の手は関わっていないだろう」
そのとき、皆は地面にひれ伏して言いました。
「私たちは、ムーサーとハールーンの神を信じます」
フィルアウンは怒りと嫌悪を表して言いました。
「私が許可しないうちに、信仰を寄せたというのか? 彼はお前たちのリーダーで、お前たちに魔術を教えたのだ。私は今、お前たちの手と足を交互に切断し、お前たち全員をナツメヤシの木につるしてやる」
しかし、信仰を寄せた魔術師たちは言いました。
「恐れることはありません。私たちは皆、主のもとに返ります。そして主が私たちの過ちを赦してくださることを祈ります。私たちはいち早く信仰を寄せた者たちです」
フィルアウンの宮廷の役人たちは、彼を囲んで座っていました。彼らは口々に提案しました。
「ムーサーから逃れる唯一の道は、彼を殺すことです」
すると、フィルアウンの一族の敬虔な人物が言いました。
「しかし、ムーサーを殺すのはふさわしいことではない。彼は明証を持っている。彼を頑なに拒むのはやめた方がいいだろう」
フィルアウンは、いつもの傲慢な態度で彼らを静かにさせると、大きな声で言いました。
「ここで話し合いは終わりにしよう。人々への拷問を強化し、どんなことをしてでも、ムーサーを亡き者にするのだ」
ムーサーの信奉者たちが彼のもとにやって来ました。
「ムーサーよ、私たちは今、あなたの信者となりました。あなたが預言者となる以前、私たちはフィルアウンの拷問に苦しめられていました。そして今も、その苦しみは変わりません」
ムーサーは言いました。
「神に助けを求め、耐え忍びなさい。この大地は神のものである。神はお望みの僕たちにそれを継がせる。よい結末は、敬虔な人々のものである」
イスラエルの民は尋ねました。「それなら、神の援助はいつ届けられるのでしょうか?」
ムーサーは答えました。「あなたたちの主が敵を滅ぼし、地上で神の後継者となることに希望を持つのです」
夜になりました。夜の暗闇が、フィルアウンの圧制を免れられるという安心感を人々に与えていました。しかし、その夜、イスラエルの民は、互いの家を訪れていました。
「神の預言者であるムーサーが、今夜の出発を呼びかけている」
「どこへ行こうというのだ?」
「ムーサーに啓示が下ったそうだ。夜のうちに、私たちを町から脱出させなさいと」
夜中になりました。ムーサーの民は、広大な荒野を越え、海の近くまで来ました。ムーサーが町を去ろうとしていることを知ったフィルアウンは、大勢の人を集めて言いました。
「彼らは少数だ。我々は簡単に彼らを消滅させることができるだろう。だから完全な装備を整え、急いで彼らの後を追うのだ」
ムーサーの教友の一人は、フィルアウンの仲間たちが追ってくるのを見て言いました。
「ムーサーよ、どうしたらよいだろう? もうすぐで私たちは死んでしまう」
ムーサーは言いました。
「そんなことにはならないだろう。私には主がついており、道を私に示してくださる」
そのとき、天の声がムーサーに届きました。「ムーサーよ、その杖で海の水を叩きなさい」
ムーサーは、言われたとおりに杖で水を叩きました。すると、信じられないことに、海の水が真っ二つに分かれたのです。そしてそれぞれが、大きな山のように傍らにそびえ立ち、ムーサーの目の前には水のない海底が現われました。ムーサーの教友たちは驚いてこの光景を見つめていました。ムーサーは言いました。
「すぐにここから立ち去るのだ」
イスラエルの民にもう少しで追いつこうとしていたフィルアウンの仲間たちは、海に開かれた道が神の奇跡であることにも気付かず、馬に乗ったまま、海の真ん中にできた道に入って来ました。彼らは互いにこう言いました。
「とうとうムーサーを捕まえたぞ。今こそ、彼とその民を滅ぼして見せよう」
しかし、彼らがまだ道の真ん中にまで到達しないうちに、2つに分かれた大きな海のうねりが再び合流しました。その死を目前に感じたとき、フィルアウンはこう言いました。
「私は信仰を寄せた。イスラエルの民が信じる神を除いて、他に神は存在しない。私は服従する者の一人である」
コーラン第10章ユーヌス章ヨナ、第91節と92節は、このフィルアウンの言葉に対してこのように語っています。
「今頃になってか。これまでは背を向け続け、堕落した者の一人だったのに。だが今日、お前の遺体を救い出し、未来の人々のための教訓とする。まことに多くの人は、我々のしるしに気づかない」
歴史上、最大の暴君であったフィルアウンの消滅は、一つの歴史的な法則を示しています。つまり、様々な形で人々を支配下に置く覇権主義者や利己的な為政者の結末は、屈辱的な死と敗北です。高慢な人々は、しばらくの間は勝利と成功を味わい、人々を脅かすことができます。しかし、神はそれらよりも高い地位にあり、圧制者の宮殿を打ち崩すのです。(了)