ハージェアブドッラー・アンサーリー(4)
今回も、前回の続きとして11世紀のイランの著名な神秘主義詩人ハージェアブドッラー・アンサーリーの作品と、その作風についてお話することにいたしましょう。
前回お話したとおり、アブドッラー・アンサーリーは1005年、イラン北東部の町トゥースにて生誕し、最も大きな貢献として、神秘主義者を日常生活の習慣や性格なども加味した上で階級付けしました。これにより、全ての神秘主義者は、日常生活を維持すると同時に、イスラム法にそって修行することになります。さらに、彼の作品についても検討し、アンサーリーの最も著名な作品『祈祷の書』が、ペルシャ語のほか英語でも何度も出版されたことについてもお話しました。
アンサーリーの著作『祈祷の書』を研究し、そこに提示されているテーマや、この作品が示すイデオロギーを見出すことができます。この作品は内容の点、神の唯一性、神秘主義的な概念、そして社会的な概念の3つに大きく分けられます。
神が唯一無二の存在であることは、、この作品の最も典型的な特徴になっています。アンサーリーは、神が人間の理解や想像を超えた存在であると考えています。即ち、アンサーリーの見解では、人間が神の唯一性を理解することはできないとされているのです。彼は、『祈祷の書』において、神をあれこれ探求することを否定しています。この意味において、そしてこの概念を延長する形で、科学を否定し神を認識することを提起し、自分には神の叡智を理解する力がないと考えています。また、ある箇所では神の友人を認識すれば、真理を見出したことになると主張しています。実際、神の友人というものは、神の認識につながる存在なのです。
アンサーリーの著作『祈祷の書』の宗教的な概念に関する部分でも、最も多く扱われているのは、神学や神の叡智という問題であり、結論としても神の存在を認識できないことを自白していることが、この部分の最も際立った特徴となっています。しかし、アンサーリーはそれでも神を認識することにおいて自らの経験に訴えており、神秘主義的な見解、あるいはコーランの節や宗教的な伝承に触れるといったことは見られません。
アンサーリーは、神が自らの行動を見通し、監視していると考えており、行動を通じて天国に到達することを否定的に捉えています。彼は確かに、敬虔で神の掟を徹底的に実行していた神秘主義者の1人ではありましたが、神の偉大さのもとでは、僕の犯した罪は重くないと考えていました。彼は、イスラム法に従う神秘主義者であり、真実よりもイスラム法を優先し、イスラム法を抜きにした真理を邪道に陥った状態と見なしていたのです。
『祈祷の書』においてアンサーリーが注目したもう1つの点は、最後の審判の日という概念です。アンサーリーの作品には、最後の審判の日について考え、この日を恐れていることによる影響が明白に現れています。彼は、神の偉大さは無限であり、計測できないものと見なしてはいますが、同時に自らの行いを懸念しています。
『祈祷の書』に見られるもう1つのテーマは、神秘主義の概念です。アンサーリーのこの著作における重要な神秘主義の概念は、現世へのこだわりを捨てるという意味での禁欲、9世紀のイランの神秘主義者マンスール・ハッラージが「我は神である」と唱えたこと、イランの詩人オマル・ハイヤーム的な思想、愛情、慈しみなどとなっています。アンサーリーは、禁欲であることを、現世や自分にあるもの全てへのこだわりを捨てることだと考えており、それ以外は自らの意思による禁欲ではなく、他者からのお仕着せであるとしています。
アンサーリーは、アッバース朝の為政者の命令により絞首刑とされた、神秘主義者マンスール・ハッラージの物語を違う視点から捉えています。アンサーリーは、真理の秘密は口に出されることなく隠されたままにしておくべきだと考える神秘主義者の部類に属しています。即ち、彼は沈黙することをよしとした自分を、ハッラージより優れていると見なしており、この信条をもとに、自分の語る内容との比較において、ハッラージの語る言葉を正しくないと考えているのです。
アンサーリーの作品には、イランの詩人ハイヤーム的な思想の例も見られます。千載一遇のチャンスを活用するという概念は、ほかの祈祷書にはそれほど頻繁には出てこないものの、アンサーリーの『祈祷の書』ではよく見られ、この書を読む全ての人々を魅了しています。オマル・ハイヤームは、アンサーリーより少し後の1124年にこの世を去りましたが、この作品にこうした概念が記されていることは、アンサーリーの時代のイラン北東部のホラーサーン地方に、この思想が広がっていたことを示しています。
『祈祷の書』に出てくるもう1つの概念は、社会的な概念です。この書は社会的な内容を扱っているためイランの名高い詩人サアディの作風に近いものとなっています。ここで、そうした特徴が現れている、祈祷の書の一部をご紹介しましょう。
「弱い存在である神の僕よ、あるがままの自分でいるがよい。また、自分の知っている範囲で言葉を発しなさい。そして今あるものの中から食し、また生まれた以上はいつか死ぬことを知っておくがよい。さらに、自分のしたことの結果を受け取りなさい」 アンサーリーの説教的な作風は、こうした訓戒的な文章に、完全に明白に表れていることがわかります。
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