パレスチナ人映画監督がガザの真実記録する短編集制作 西側映画界は卑屈に沈黙
映画『From Ground Zero』は、現在も続くパレスチナ・ガザ戦争の中でガザ地区内の映画製作者が撮影した22本の短編を集めた作品です。
シオニスト政権イスラエルは2023年10月7日以来、西側諸国の全面的な支援を受けて、パレスチナ・ガザ地区およびヨルダン川西岸において、防衛手段を持たないパレスチナ被害抑圧民に対する新たな大規模な虐殺を開始しました。この出来事についてその全体および細部のストーリーを記録することは、これまで以上に重要な事柄となっています。
パールストゥデイがメフル通信の報道として伝えたところによりますと、パレスチナ人の映画監督ラシド・マシャラウィ(Rashid Masharawi)氏はガザで撮影された22本の作品を収めた短編映画集の制作について、「当初の構想は、これまで語られてこなかった個人的な物語に焦点を当てそれらを芸術的にも技術的にも正しい方法で伝えること、また、映画製作者のシナリオ作成力を鍛えて、映画祭やテレビで観賞できるようにすることだった」と述べました。
また、この映画の製作準備や配給面は悪夢のようだったとし、「ガザから各作品を持ち出すのは困難だった。我々が直面した主な問題は、このガザからの作品持ち出しと、映画製作者との連絡であった。我々は、インターネットやFacebook、WhatsApp などのSNSやアプリでのやり取りでのみ話すことができる状況だったが、携帯電話を充電するための電気がなくなれば、お手上げになった」と語っています。
彼はさらに、次のように述べました;
「我々は時に24時間、寝ずに起きて働いたこともあった。なぜなら、ある地域で電気が通っていてインターネットが使え、アップロードのために最高の送信をできる状況だったからである。最後の映像は、2週間前に届いたばかりだ」
そして、「1つの作品に22本の短編を収めるのは、編集の面でも大きな挑戦だった。なぜなら、各短編の撮影は同じ撮影機材を使ったり同じ条件では行われておらず、音質も全く違っていたからである」と語っています。
また、「このような状況にあったことから、短編の1つ『Sorry Cinema』では、困難な状況の中で映画制作がどのように制限されるか具体的に語られることとなった」としています。
続けて、「この短編は、私にとっても特別な関係があるものの 1 つだと言える。なぜなら、人生において映画が優先事項であると考えている者が突然、そうでない状況を突き付けられるからである。何かを食べ、家族を救うことが何より重要になり、人間を救うことが映画より重要だと目の当たりにするのだ」としました。
さらに、次のように述べています;
「我々は、人生をより良く、より容易に、より理解しやすくするために映画を製作している。それにより人々の状況がよくなることを目指している。この映画には、そうした要素が非常によく反映されている。なぜなら作品の監督たちは、人生か映画か、どちらかを選択しなければならない状況にあり、人生を選んだからだ」
その上で、「それでは、映画の役割とは何なのか?」という質問に対し、次のように答えました;
「映画は私にとって極めて重要なものだ。私は、30年以上前に占領下のパレスチナで映画の製作を開始した。映画は、イスラエルの占領から守られなければならない。映画は、1つの(受動的な)反応であるだけでなく、1つの(行動的な)措置でもあらねばならない。我々パレスチナ人は一つの民族であり、共通の歴史、言語、音楽、色、食を有している。我々全員に属するものはたくさんある。これらすべては、映画製作のための強固な基盤となりうる」
ここで留意しておくべきことは、マシュラウィ氏が1962年、テルアビブに併合されたヤッファから避難した一家のもとにガザで生まれ、同地区北部のシャティ難民キャンプで育ったということです。彼は現在、パレスチナ・ヨルダン川西岸ラマッラーに共住しそこで働いています。1996年には、現地の映画製作を支援する目的で「映画製作・配給センター」を設立し、さらに、パレスチナ難民キャンプでの映画上映を目的としたモバイル シネマ プログラムにも出資しています。
マシュラウィ氏は、2013年には『Palestine Stereo』でカナダ・トロント国際映画祭に参加し、その後は『Letters From Al Yarmouk(2014年)』や『Writing On Snow(2017年)』を製作しました。その他の代表作には、『Haifa(1995年)』、ドキュメンタリー『Live from Palestine(2002年)』、『Waiting(2005年)』などがあり、2017年にはイランで開催された第36回ファジル国際映画祭にも参加しています。